第18話:残念な人

 

 魔女だから全員が全員強いわけではない。魔女は強くないとなれないとばかり思っていたから泰人は驚いた。先程ひよりから引き剥がしたとき、異様なほど力が弱いと思ったが、手加減してくれているものだと思っていた。


「ひなちーは、魔女の強さでいうとそんなに強くないよ。近接型で、ある程度経験積んでる子相手なら魔女じゃなくても負けちゃうかもね」


 その言葉に、泰人は少し興味が湧いてきてしまった。全力で戦えば、自分にもひよりの遊び相手くらいになら戦えてしまえるのではないかと。


「ひなち、菜摘見てどう思う?勝てそう?」


 直哉のその言葉を聞いてひよりの反応を見る。


「負けたくない」


「素直でよろしい」


 口をきゅっと結んだひよりを見て頭を撫でる直哉。菜摘の本質をどこまで感じ取ったかは分からないが、間違いなくあのスピードは泰人でも反応が難しい。腹にナイフの一つでも刺されたところをタコ殴りぐらいしか対処法がないかもしれないと考え込む。それを考えれば、一瞬でもひよりの隙をつくには戦い方に個性が足りないと残念がった。


「純粋な力では菜摘の方が上だろうけど、潜在能力という面では技術や知識量ではひなちーが上のはずだ。だってひなちーは、叡智の魔女なんだから」


 ニヤリと笑う直哉に菜摘は悔しそうな素振りも見せず、口を開く。


「たった16年しか生きてない子供が、本当に叡智の魔女で間違いないのか?」


 ひよりを見る目は、にわかに信じがたいと疑っていた。その言葉は、奏人も思ってしまった事で少し動揺した。


「叡智の魔女の叡智は、潜在能力を鑑みての呼称。そもそも脳の作りが普通の人とは違うから。ひなちーが死ぬ頃には叡智を名乗れるほど賢くなってるって意味での叡智」


 そう言われ、少ししっくり来なかった。まだ叡智と言われるほど賢くないのに、まるで将来は叡智と名乗れるほど賢くなれるのが前提。


「賢くなれなかったら叡智じゃないって思ったでしょ?」


 図星。その問いで呆気にとられた奏人にニヤニヤしながら口を開いた。


「16年前、創造神様は当時の魔女たち全員に神託を授けた。叡智の魔女が生まれるってね」


「魔女たちの間では有名な話だよ」という直哉にひよりの出生が重なる。生まれた時からずっとひとりぼっちで物心ついた頃には周りに教徒達がいた。


 魔女様の知識には偏りがある。魔女やこの世界の仕組みについては詳しいのに、それ以外にはあまりにも疎い。自身が言えたきりではないが一般常識的なものは尚更だと奏人は考えていた。


「創造神様の神託だ。それだけで賢くなれる根拠となるはずだよ」


 賢くなれなかったら叡智ではない。昨日の司教といい、周りの教徒たちは...賢くない叡智の魔女を欲していた。だから、偏った知識だけ教え続け、自分たちの都合がいいように刷り込んだのではないか...そういう考えが頭に浮かんだ。


「だから、奏人にお願いしたんだ」


 奏人の考えを見透かすようにそういう直哉。奏人より、ひよりより、10年以上も長く生きた年長者からの言葉だと思えば説得力があった。叡智を叡智とさせないようにする人間たちではなく、泰人にひよりを託した。そう穏やかな表情で話す直哉にとって、ひよりは大切な存在なのだ。そう感じた菜摘と泰人は静かに話を聞いていた。


「というか。塩屋さん、公園で菜摘さんにいってませんでした?今死ぬか、付いてくるか選べって。塩屋さん菜摘さんに勝てるんですか?」


 かっこいいこと言っちゃった、とでも言いたげな顔で余韻に浸る直哉を見て急に思い出したようなその一言。


「ふふーん!絶対今じゃないけどよくぞ聞いてくれた泰人くん!俺が今死ぬか、俺に付いてくるかどっちがいい?ってことだよ。菜摘は俺の事大好きだから、絶対に俺の命を引き合いに出せば勝てるからね!何でもいうこと聞いてくれちゃうの!」


 その言葉に菜摘は舌打ちするのだから間違いではないらしい。一気に先程までのかっこよさが吹き飛び奏人は目が点になっていた。


 ひよりは、興味なさげに直哉の懐からスマートフォンを取れば奏人がお遣いで買ってきたモックのポテトを片手に動画を見始める。


 塩屋直哉は実に残念なメガネである。とうの昔から知っていた二人とは違い、奏人は天を仰いだ。

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