第21話:抱えたモノ
冷たい声色で「後回し」といわれ、ひよりはキュッと服の袖を握る。普段は存在感の強いひより。しかし、自己を表現するとなると途端に幼くなってしまう姿に周りは心を痛めた。
「奏人です!好きな食べ物はモックです!魔女様のお役に立てるよう、これから沢山学びたいと思います!よろしくお願いしまーす!」
元気よく右手を上げながら話す泰人に、菜摘は感心したように頷いた。そして、周りの反応を見て1拍置けば話し始めた。
「菜摘だ。女みたいな名前だがちゃん付けでは呼ぶな。直哉みたいに絞め上げられたいなら呼べばいい。最初は叡智の魔女とその教徒ごと始末しようと思っていたが気が変わった。見込みのあるやつだけを屋敷に残した。これからはお前らを中心に教徒達の改革を行う。文句のあるやつは剣を持て。いつでも相手する」
菜摘はそれだけ言うと解散を告げた。淡々とした自己紹介に全員が息をのむ。
「私の、自己紹介は?」
ひよりはそれがたまらず菜摘の側に駆け寄って服を掴んだ。
「夕食までに考えとけ」
「周りの奴らは魔女に敬意を払えよ」とだけ伝え行ってしまった。
「あんなに厳しくしなくても良いのに...。魔女様、そんなに落ち込まないでください」
隼人が駆け寄り、下を向くひよりに声をかける。それに続くように「魔女様、多分厨房に甘いものがありますよ?」と和哉も声をかけた。
「2人とも。多分、それは菜摘様がおっしゃっていた敬意を払えとは違うんじゃない?」
硝子がそういうが隼人と和哉にはピンときていない様子。そんな中、泰人が顎に手を添えて少し考える素振りを見せながら口を開く。
「なんていうのかな。多分、甘やかすなということじゃないですか?事実、魔女様には自己紹介の手札がありませんでしたから今咄嗟に話すのは無理です。夕方までに考えておけというのは妥当な判断ですし。それで魔女様を可哀想な人と扱うのは敬意ではないんじゃないですか?」
その言葉に「あっ」と隼人と和哉は納得したように頷いた。
「確かに、魔女様を冷たくされて可哀想だとか、色々な可哀想というフィルターをかけて見ては、本質として司教様たちとやっていることが同じになってしまいますね」
隼人の言葉に周りはウンウンと頷く。
「では、今日一日は、魔女様の自己紹介に使えるような事をしてみませんか?きっかけ作りのお手伝いは甘やかすことではありませんよね?」
硝子のその言葉に全員が意気込む。和やかなムードを遠めに見ていた菜摘が、ブフッと吹き出して笑っていたのは誰も知らない。
「すぐに準備します!!」と隼人と和哉が走っていってしまう。残された三人は苦い顔で顔を見合わせる。ひよりは、泰人と目が合うと途端に俯いてしまった。
「泰人って...私と同じだと思ってたのに」
同じ。その意味が自己紹介を指すのか、それとも境遇であるのかは分からない。
「そうですね。失礼ですが、泰人様には魔女様よりも幼く見える言動をとる機会が多くありましたので、私もてっきり自己紹介はできないものと思いました。あれほど冷静に見解を話せる姿を拝見したときは別人のようでしたよ」
泰人は、硝子のハッキリとした物言いにポカンとしながらも、一変して困ったような顔をした。
「先程からなにやら不穏な音が聞こえるので、見てきますね」
隼人と和哉がいなくなってから少ししてガタガタバタバタと遠くの部屋から音がし始めた。流石の不穏な空気に硝子が様子を見にいった。そのタイミングで泰人が口を開く。
「魔女様。僕は、普通の人とか、偉い人との話し方とかよく分からないです。敬語も、挨拶も、忖度もできない。だから...真似をしている人がいるんです。十和子と...昔に出会った大人の人。その二人の真似をして話してます。考えています。でも、ついつい僕が出てきてしまうんです」
「だから、僕は僕の偽物なんですよ」と泰人は気まずそうに頬をかいた。その瞳は珍しく視線を落とし悲しげだった。
出会ってたった1ヶ月程度。しかし、ひよりは、泰人の幼さの中に時々見せる別人のような姿や、まるでスラム育ちには見えない言動がチクリと心に刺さっていた。同じだと思ってたのに...全然違う。そう不安になっていた。でも、今の言葉を聞いて...強く拳を握った。
「誰かじゃないよ...私にとっては十和子も何処かの大人も知らない人...。泰人と話しがしたい」
真っ直ぐと泰人の目を見た。
「私が側にいるから!だから、胸張って素の自分を出してほしい...と、思う」
ひよりは、思った。私の側に泰人がいてくれるのなら、泰人の側には私がいよう。どんなときも今まで泰人がかけてくれたように、沢山の言葉をかけようと。
泰人は感じた。口下手、そして最後の方は殆ど消え入りそうなほど小さな声だった。それでも、初めて面と向かってひよりの願いを聞いた気がする。その嬉しさから、泰人は口を開けたまま暫く固まっていた。
「人に尽くすことは、人に尽くされることで、人を想うことは人に想われることだって。その意味が今、分かった気がします」
そう少しして泰人は、ボソッと小さな声で呟いた。誰の耳にも届かないその言葉に、懐かしさを感じながら前を向く。
「魔女様!泰人様!準備が整いましたのでこちらへどうぞ!」
遠くから隼人の声が聞こえる。その声に泰人は、ハハッと太陽のような笑みを浮かべてひよりの手を取った。
「ひより様いきましょ〜!楽しそーです!」
初めて出会った時も、モックを買いに行った時も、司教達を蹴散らしてくれた時もそう。いつだって泰人という人物の断片を見せていた。
太陽みたいな笑顔で、時々狂ったようで怖くて、それでもいつだって楽しそうに聞こえてしまうその口調。
「うん!!」
つられるように元気に返事をすれば、二人で隼人の方へ駆けていった。
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