第6話:後悔の味

 

 しばらく食べ進めれば「このナイフ切りにくいね」なんて少女がいう。「そうですね」と頷く奏人に遠くから見ていた店長とマネージャーは「だってハンバーガー切る用のナイフじゃないもの!」と心の中でツッコむ。そんな時、最初にレジで受け答えしていた女性に声をかけられたのだ。


「先日、両親共々...お世話になりました。両親もきっと、天命を享受でき喜んでいると思います」


 ビクビク怯える様子の女性は声まで震え上ずっていた。頭を深々と下げる姿を見れば、少女は少し考えるようにして上を向く。


「悲しい?」


 そう聞けば、女性が拳を握っているのが分かる。


 女性の言葉を理解し、自身が最近命を刈り取った人間を思い出す。だが、いちいち誰をどうした、なんてことを覚えていなかった。どれだけ思い返そうとも、この女性の両親に該当するような男女は思い出せなかった。


「かなじ、くは...ありまぜんッ!!」


 その引き攣った顔で必死に笑みを見せようとする姿に目を瞑った。私がおかしいのか、それとも...この世界の魔女というシステムがおかしいのか。あるいは、創造神が...


 自身に後悔を植え付けた女性、十和子と、どこまでも真っ直ぐな奏人に出会ってから今までとは180度考え方が変わってしまった。

 だからこそ、天命を享受できたことを必死に喜ぼうとする女性の痛々しい姿も異常だと感じた。世間では、天命を喜ぶのが当たり前でも...故人に涙を流すのは悪なのだろうか。


 また、心がモヤモヤした。少女は「そうか」と返せば近くの他の店員を呼ぶ。


「持って帰るから、これ詰めてよ」


「は、はい!只今新しいものをご用意...」


「違う、これ」


 机の上にあるものを詰めるよう指示をする。モヤモヤするが故に少し強くいってしまった。店員も半泣きになってしまう。それをじーっとハンバーガーを貪りながら見ている奏人でさえも気に食わなかった。


「悲しいと思える気持ち、大事にするといいよ。何も間違ってない」


 間違ってない。そう肯定されると思っていなかった女性は、引き攣った笑みも忘れていよいよ泣き崩れてしまった。


 初めて後悔の感情を知ったときと同じ感覚。食事を口に運べど、訪れるのは後悔が滲む味。少女は後悔する気持ちの中に、必死に言い訳を並べてみる。モヤモヤとした気持ちが、どんどんと膨れ上がった。


 食事をテイクアウトにしてもらえばそれを持つ。気づけば3つもペロリと完食していた奏人を連れてコッソリ屋敷に帰った。


「奏人が来てから、初めての事ばかりだ」


 少女は、持ち帰ったハンバーガーを食べながらそういう。奏人は首を傾げていた。


「後悔の味はビターなんだよ。苦くて、悲しくて...だから言い訳っていうミルクを足してマイルドにする。暫くはそれでいいんだよ。程よい味に満足する。自分は悪くなかったって。でもふとした時に別の気持ちが芽生える」


 楽しそうに奏人は頷いて聞いた。少女が言葉に詰まれば「どんな気持ちですか?」と問う。


「絶望。散々言い訳して正当化して、ふと振り返る。カップに沈殿したドス黒い液体を見て気づく。どれだけ後悔を誤魔化したってこれからずっと溜まっていくんだって。後悔を昇華することは不可能だって」

 

 死にたくないと懇願する女性、親しい人を忘れる事で悲しまないようにする奏人、両親の死に涙を流す女性。誰にしたってどうにもできなかった。私は魔女で、どう転んでも命を刈り取る事実は変わらない。これから先も、どれだけ後悔しようと刈り取るしかない。沈殿を続ける後悔とどうしょうもない現実に絶望を感じる少女。その背中は、人々が崇める魔女というより...抱えきれないほどの重荷を背負い「助けて」と声にならない声を叫ぶ。あまりにも小さなものだった。


「魔女様は、小説家...なんてどうですか!」


 口を結び悲しみの表情を浮かべた少女に、そんな事は知らないとでもいうように奏人が声をかけた。


「魔女様は魔女様です。そのお仕事は今後も変わらないかもしれない。でも...心の拠り所はいくつあってもいいと思います。言葉にするのが上手なら叫べばいい。世間が叫ぶことを悪とするなら、文字にすればいい。同じ痛みを抱える人に届くはずです」


 普段は純粋で、何もかもがキラキラして見えている。そんな幼さばかりを見せている奏人。しかし、時折見せるその真っ直ぐな笑みに、何度となく可能性を感じてしまう少女。自身の中でなんの解決になっていなくても、それでも前を向ける気がした。


「奏人は、本当にずっとスラムにいたの?」


 そんな疑問が浮かんだ。奏人は悩むこともなく「はい!」と返事をする。


「でも、言葉遣いは歳相応くらいの敬語は使えてると思う。それに、ハンバーガーを食べるときの所作もそう」


「食事の作法がいささか綺麗すぎる」と言えば首を傾げていた。


「奏人も初めてハンバーガーを食べるのになんでそんなに綺麗に食べられるの?」


 手をベッタリと汚している少女に対して、店ではかけら一つ残さず食べ、手も汚れていないなかった奏人を思い出す。


 言われてみれば...と考え込む。袋の中に入っていた手拭きを取れば、奏人に頬についたタレや手の汚れを拭き取られるという普段では考えられなさそうな状況に少女はムッとした。


「スラム育ちとは思えない洞察力だけじゃない。大概、スラムで育って大人になったものは反魔女を掲げるほどに歪んだ思想と暴力に飢えているはずだよ」


 そうじゃない人間もいるけど、大概自身を酷く卑下する。「反魔女の半数以上は各地のスラム出身者らしいよ」と言えばますます唸りながら奏人は考え込んでいた。


「僕には...十和子がいたからですかね。十和子は育ちがいいのか、他の子供と違っていつも身奇麗にするのを心がけていました。祈ったり、勉強をしたり...幼い子達にも読み書きを教えてあげたりしていました」


「そうか」と言えば奏人はにっこりと笑った。


「魔女様には、僕にとっての十和子みたいな人はいなかったんですか?」

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