第7話:世界と誰か

 悪気がないことは分かっていた。だからこそ、胸を締め付ける感覚に顔を歪ませる。なぜ痛むのか。分からないからこそ奏人を睨みつけてしまった。


「貴方にとってスラムが世界の全てであったように、私にとってはこの屋敷の中が世界の全てだったよ」


 そう言って布団まで歩けば潜り込んだ。少女はどうにも虫の居所が悪い。ただそれだけなのだが、奏人はその行動で何か悪いことをしてしまったのかもしれないと悩むが一向に答えは出ない。


「魔女様...」


 布団の膨らみに近づく。声をかけたが反応がない。しかし、耳を澄ましてみればすすり泣くような声。いたたまれない気持ちになり、布団から離れたところに座った。そこで少女が布団から出てくるまでじっと待つ。


 結局その日は、夕食の時間まで二人が言葉を交わすことはなかった。


「魔女様!!」


 だだっ広い部屋に置かれた長テーブル。豪華で細かい金の装飾が施された、いかにも高そうな椅子。たった一人でポツンと食事をする少女。気づけば寝てしまっていた奏人は、飛び起きる。すると部屋に少女がいなかった。暫く屋敷の中を走り回れば嫌そうな顔で教徒の一人が場所を教えてくれる。部屋に入るやいなや少女に駆け寄れば、少女と目が合った。


「もう一人分用意して」


 少女は、近くに立っていた教徒にそう伝える。奏人は「そこ座って」と横を指さされ大人しく座った。


「生まれたときからずっと、独りぼっちだったよ。周りに沢山の大人がニコニコしながらいてくれた。でも、」


「ずっと独りぼっちだった」と言う少女。その表情は酷く悲しそうで、目元は赤い。普段の単調な声。しかし時折見せる無邪気な一面は引っ込んでしまったのか。あるいは、また別の一面なのか。


 それでも、思った事を伝えたい。全てじゃなくていい、ほんの一言でも少女に届いてほしい。


「僕がこれからは、魔女様の側にいますから!」


 少女はいつも、多くを語ることはない。聞けば語るが聞かれなければ決して語らないだろう。そして語るときも「私を否定する事は許さない」とでも言いたげな雰囲気をしていた。それに気づいた奏人はヘニャリと緩んだ場違いな笑顔を向ける。


 そんな笑顔を向けられたことのない少女は、戸惑いの表情を浮かべるもすぐに口をキュッと結んで頷いた。少女自身も八つ当たりしている自覚があったため申し訳なさそうな表情は浮かべていた。


「ねえ。奏人のご飯頼んだんだけど。来ないの?」


 気まずさからベルを鳴らす。鳴らされたベルでやってきた人にそう聞いた。


「誠に申し訳ございません。司教様より奏人様への一切の食事提供を禁じられておりますのでお出しすることができません」


 その言葉に「は?」と声を漏らす。しかし、相手が司教様だと聞いてギュッと服を握る。


「行こう」


 食べかけの食事を置いたまま、奏人の手を取り部屋に帰る。昼にバクバクと食べていたはずだが、まだ余っているモックドナルド。略してモックのハンバーガーを手に取った。


「明日こそは日用品と服を買いにいこう」


「夏場にその服一枚だけではね...」と言えば「はい!」と元気よく返事が返ってきた。


 モックのバーガーを最後の一つまで食べ終えれば、奏人は夕食だけで7個も平らげたことになる。相当な大食いなのだが、少女は「男性ってそんなに食べるんだね」と男性への偏見を構築していた。


 食事が終われば布団に転がり、その側に奏人も転がる。二人してまだパクったままのスマートフォンで動画を見ていれば結局寝落ちしてしまったのであった。

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