第11話:頼り頼られ
奏人の足は何者かによって抑えられていた。
「足を退けなさい。これ以上は軍が動きます」
長い黒髪の女性がそういえど、奏人は足を下ろす気配がない。むしろ、女性も処分してしまおうかとでもいいたげな顔をしていた。
「奏人、やめて...。その人はダメ」
すると奏人の胸板にグリグリと頭を擦りつけ首を横に振る少女。その姿に一変して「はい!」と元気よく返事をした。
「とりあえず、死者は出てない?ここの伸びてる司教と転がってるオッサン達は俺がやる。お前達はさっきの熱波の影響を調べてよ」
白衣を着た眼鏡の男性が、後ろに引き連れた者たちに指示を出す。すると各地に散っていった。
「何となく、理解はした。教徒の暴走か...。人数多いだけでバカばっかり...はぁ」
男性は、泡を吹いて倒れている司教、怯える老人たちを見て深いため息をついた。
奏人は少女に耳打ちをする。
「この人、偉い人ですか?女の人も」
しかし、少女以外にもバッチリ聞こえていたようで、少女に代わり女性が口を開いた。
「申し遅れました。我々は第一聖教会。癒やしの魔女引きいる組織です。私の名前は、一ノ瀬春馬。こちらの白衣のノッポは塩屋直哉です」
「消防と救急、病院の全てが加入義務のある教会。そのトップがあの人だよ」と少女が補足すれば「へぇ〜」と興味なさそうに奏人は頷いた。そんな調子の奏人に少しホッとしたのは他ならぬ少女であった。
「ちなみに、なんにも知らなさそうだから教えてあげよう坊っちゃん。この国の軍部を支配しているのは開闢の魔女だよ。創造神と魔女に仇なす勢力はすべて等しく罰される。こんな大きな騒ぎになっては、間違いなく君も処罰の対象だ。それになんといっても、叡智の魔女を崇める宗教団体フクロウといえば...魔女と教徒のあり方の手本として開闢の魔女がえらく気に入っていたんだから」
そう言えば白衣の男性、塩屋直哉は奏人の前に立つ。眼鏡をスッと上げて奏人の瞳を覗き込めばニヤリと笑った。
「名前は」
「奏人です!」
それだけ聞けば満足そうに「そっか〜!」と笑みを浮かべた。
「いつでも頼りにおいで。怪我なら専門分野。そうじゃなくても、手を貸してあげるよ。他ならぬ、君の頼みとあらばね」
その直哉の言葉に疑いもせず「はい!」と元気よく返事をする奏人。これには少女も、女性...春馬も驚いたような表情を浮かべていた。
しかし、驚いていたのも束の間。ガシッと力強い音がした。
「叡智さぁ。それだけ教徒の数膨れ上がって大丈夫なの?って聞いたんだけど。俺が聞いたとき大丈夫って言ったよね?」
叡智。その言葉に少女がピクリと肩を揺らす。
「俺らは唯一神、創造神様だけを崇め奉る。魔女を崇める行為は本来グレーゾーン。創造神様から、生を受ける前から魔女の地位を与えられた叡智だから許されてることだよ?分かってる?」
その言葉に「ごめんなさい...」と萎れた花のように落ち込む少女を見て直哉は深いため息をつく。腫れた瞼を見て叱る気も失せたのかそれ以上の叱責はなかった。
「奏人くんを放しちゃだめ。叡智はこの子について行くんだよ。約束できる?」
子供を諭すようにそう言う姿に春馬はため息をつく。少女を見る直哉の姿はまるで父親の様にも映った。
「奏人くん。お願いね」
そうニカッと笑う姿に奏人も「はい!」と笑顔で返す。
「んじゃ、またねん。困ったときは急いでない救急車か消防車捕まえて第一聖教会までって言えば連れて行ってくれるから〜」
ひらひらと手を振りながら歩き出した直哉に、つい数分前のカッコ良かった姿を重ねた。説教をするようなまともな大人と今の言葉の矛盾が可笑しく、奏人と少女は顔を見合わせて笑ったのであった。
「ほらほら。オッサン達。俺ら医者って暇じゃないのよ。棺桶に片足突っ込んだ奴ら背負ってやるほど俺優しくないから。自分で救急車乗り込んでね。腰痛くて担架で運ぶの嫌だし」
「直哉様。同感ですが外で老人に向かって死にかけの老いぼれなんていうのはおやめください。一般人が聞いていたら反魔女を生みますよ...」
「春馬の方が酷いじゃん」と笑いながら歩く二人の背を見る。奏人は初めて少女以外の人間に興味を持った。やけに楽しそうな奏人の表情に、少女はクスリと笑ったのであった。
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