第10話:見えない鎖
浮かべられた笑みとは裏腹に、そう話す奏人の瞳に光はなかった。
「きっと、反魔女を掲げる理由は簡単。大人になった僕達が外の世界を見たときに、魔女なんて存在に救われる人たちが羨ましかったんです。僕達のことは捨てておくのに、外の世界の人たちはみんな魔女を...創造神を信じて...バカみたいだって」
「自分にないものを持つ人たちから、魔女っていう存在を奪いたくなるんです」という奏人の姿に、少女は背筋が凍る。震え上がるほどの恐怖。いつもと何ら変わりのない奏人の姿に、確かに恐怖を感じていたのだ。
「スラムの人はなんにもできないと思われがちですけど、生きるために盗みもすれば、強姦を殴り殺したりもするんです。ですから...」
「僕も魔女様と一緒です。虫を潰すようにオジサン達を殺せます」と口元は弧を描く。既に奏人に首を掴まれた司教は泡を吹いて意識を失っていた。
それに気がついたのか奏人は手を離し後ろを振り返る。野次馬はその姿に逃げ出すものが大半であった。
「魔女様...幼少の頃よりお教えしたはずです!!貴方は創造神様より選ばれたお方!その高貴な血に恥じぬ生き方をしなければいけません!ですから、早くお戻りなさい!!」
離れたところで固まっている老人たち。奏人がやったのだろう。肩や腹、頭から血を流す者もいるが致命傷ではない。しかし、確実に恐怖を刻まれたのか、少女に早く戻ってこいと叫んだ。
「この反魔女の悪魔を、貴方が討たず誰が討つというのですか!!育ててもらった恩も返せず何が魔女か!!創造神様はきっと悲しまれていることです!!」
どうしよう。そんな言葉が少女の頭の中を埋め尽くす。生まれたときから独りぼっち。その言葉が首を絞め続けた。誰も助けてはくれない。今更、もう違う生き方なんてできない。
教徒達なしでは、老人たち...司教なしでは、私は生きていけない。もう、後戻りはできない。
少女は奏人の方へ足を向けた。
「ごめんなさい」
涙に濡れ、肩を震わせる。あまりの痛々しい姿に奏人は驚いたような顔をした。
少女が弓を射るように手を引けば、
「穿て」
その一言で手元で炎が膨れ上がる。周りには熱風が吹き荒れ、周りに少し残っていた人間は一人残らず逃げ出した。
「わー!すごいですね!」
しかし、奏人は動じない。少女本人でも熱いというのに、魔法も使えない奏人が生身で少女に近寄る。近くに寄るたびにジュウジュウという焼ける音。顔を歪める奏人の姿。
「僕が、側にいます」
すぐ側まで来ればそう言って少女の頬を撫でた。
ありえない。
そんな顔で膝から崩れ落ちれば炎は力の抜けた手から空へと打ち上がった。
「違う...一番ありえないのは...」
空へ上がる炎の矢は、曇り空を一瞬にして吹き飛ばし太陽が照りつける。爆発音が鳴り響きすぐに熱波が地上を襲った。
「穿てと唱えてもなお、奏人に矢を放てなかった私だ...」
「僕が側にいます」という言葉を信じきれなかった。だから、教徒達...司教達がいなければ生きていけないと自身に言い聞かせた。
まただ。また、後悔の味。歯を食いしばって泣く少女は鼻腔を抜ける血の香りに...口内に滲む血の味にまた後悔の味を覚えた。
「自分の気持ちを諦めないでください。自分に言い聞かせないでください。後戻りが怖いなら僕が手を引きます。いいじゃないですか、今更戻ったって」
涙に濡れ、奏人を前になんと言えば良いのか。もう死んでしまいたいとまで絶望する少女の手を取った。
一般人は誰一人としていなくなった場所。奏人は遠くから見ていた老人たちに目を向ける。
「生まれたときからずっとずっと、自分たちの思い通りになるよう刷り込み続けて、楽しかったですよね?魔女様をだしに宗教団体まで立ち上げて大きくして、権力を振りかざして気持ちいいですか?」
酷く綺麗な笑顔。現代的な言葉を当てはめるならサイコパスとでも言うのか。
「僕は、ちっとも楽しくはありませんし、気持ちよくもない」
そして途端に真顔になると、少女を横抱きにする。
「魔女様。ここから動かさないでくださいね!」
自身の胸板に少女の額をくっつけてそう言えば老人たちに歩み寄った。
「魔女様。魔女様は魔女ですから、自由には生きられません。でも...いらない荷物は置いていきましょう。自由じゃなくても、魔女様が魔女様らしく生きられるように」
「そのために、僕が鎖を絶ち切ってあげます」と言えば老人たちは震え上がった。逃げ出そうにも、奏人の方が早く蹴り飛ばす。
「踏み潰してあげます」
今度は笑顔すら浮かべなくなった奏人が老人の頭の上で足を振り上げた時だった。
「何やってんの。どういう騒ぎ?」
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