第9話:仇をなす
よく聞いたことのある声がした。こっそり出てきたはずなのに、屋敷の者たちが真後ろにいたのだ。屋敷の最高責任者をしている司教とそれを囲うように、少女を幼少から知る老人たち。
「さぁ、魔女様。戻りましょう」
ニッコリと浮かべられた胡散臭い笑み。少女は反論するように口を開く。
「私はこれから、」
「これから、どうされるおつもりですか?我々だけ仲間はずれは寂しいではありませんか。ねえ?魔女様」
司教の言葉に黙る少女。まるで親に諭される子供のように、真っ青にした顔色で下を向く。
「さぁ、帰りましょう」
光のない目でそういう司教にビクリと肩を揺らす。どちらが屋敷の主なのか、どちらが偉いのかなんて逆転しているのが一目瞭然だった。
少女は俯いたまま顔を上げない。奏人と目が合うこともない。ただ、感情を押し殺すように黙り込み老人たちに迎えられる。
「さぁ、魔女様いきましょう」
「魔女様、よくお戻りになられました」
老人たちは少女を囲み、その中心に少女が歩く。口々に戻ってきた少女に言葉をかけ続け、まるで囲い込まれた蕾。未来永劫、光もささぬ谷底に、花開くことだけを夢に見て枯れる。先程までの楽しそうな少女の面影などなかった。
「あっ!!」
「貴様!!」
「魔女様、次どこ行きますか!僕はまたモック食べたいです!」
少女と目が合わない。奏人は走った。老人たちを押しのけ、顔を出した。やっと少女と目が合えば引き離される。
「その子供を捕らえろ!!今すぐに四肢を落し二度と魔女様に触れさせぬようにしなさい!!」
司教が声を荒げる。老人たちはぞろぞろと歩き出し、引き離され倒れ込んだ奏人を囲う。
「やめて...」
小さな声で少女は呟いた。
「何をやめるのですか?」
しかし、司教の言葉一つで黙り込み奏人に背を向けた。老人といえども、全員が魔法を使える者たち。奏人が太刀打ちできるような人間たちではなかった。
声にならない声に拳を握る。今すぐにでも助けに行きたいと願えど少女の足は奏人の方へは向かない。その体は震えていた。
「魔女様、まっ...」
ゴキッ。そんな音を立てて奏人は地面に叩きつけられる。
「あ"ぁ"ァァっ!!」
肉の焼けるような音。奏人の断末魔。
「魔女様、行きますよ」
有無を言わさぬ睨みつけるような顔で少女を見る司教。
この異様な光景に、通行人は足を止め、いつしかすごい量の野次馬となっていた。
(ーー僕がこれからは、魔女様の側にいますから!)
そういう言葉と、ヘニャリとだらしのない笑顔を向ける奏人の姿が脳裏をよぎった。
「奏人...」
誰にも聞こえない。そんな声にすべての気持ちを乗せた。助けてほしい。自由になりたい。助けたい。自由にしてあげたい。そう自身と奏人への気持ちをすべて乗せたのだ。
意を決して、振り返る。足を向ければ嫌でも目に入った。片側が焼けただれた姿の奏人が膝をついて天を見上げていた。
出会わなければよかった。
もう容赦はしないと、少女の首根っこを持ち、引きずる司教。引きずられる少女は、声を上げて泣きじゃくった。
「かなとっ!!」
本当に四肢を落とすつもりなのか鎌を振り上げる老人。ただ手を伸ばし、名前を叫び、泣きじゃくるしかない自身に絶望する。短い間に何度も何度もそれを繰り返した。
「ひ、ひぃっ!や、やめろ!!」
「来るな!来るなっ!!」
グシャリ。グシャリと音がする。奏人は、私のせいで死んだのだ。私と出会わなければ...
そう下を向くが、老人たちの悲鳴が聞こえる。
思わず、顔を上げたとき...
「みーつけた ♪」
いつの間にか、少女は奏人に横抱きにされていた。ボトリと何かが落ちる音。首を横に向ければ、少女の首根っこを掴んでいた司教の腕。肩からごっそりと落ちていた。
「うわぁぁぁっ!!」
唸り声を上げ、膝から崩れ落ちる司教。左肩を抑えて包まる姿を見て本当に司教の腕だとを理解する。
「貴様!!魔女様に、創造神様に仇なす悪魔だ!!悪魔に違いない!!」
老人の一人がそう叫ぶ。その叫びに数々の野次馬がスマートフォンを向ける。面白がる者、創造神や魔女に仇なす者に罵声を浴びせる者。恐怖に震える者。反応は様々であった。
「あれ、魔女様にお勉強を教えたのはこの人たちじゃないんですか?」
キョトンとした表情で奏人は少女を見る。そんな姿にコクリと頷けば「ですよね!」と嬉しそうに微笑んだ。
「いいですか?僕が頭の悪い人たちに教えてあげます!」
そう言って奏人は少女を下ろす。そして悶える司教の側によった。
「反魔女を掲げる勢力の半数以上は各地のスラム出身者らしいですよ。魔女様に教えてもらったんです。でも、頭の悪いオジサン達に僕なりに分かりやすく説明してあげます!」
「グガッ!!」
司教の首を片手で掴む。よだれを垂らし首を左右に振る司教にも奏人は笑みを絶やさなかった。
「スラムでは魔女なんてもの、存在もしないおとぎ話でしたよ。みんなを救ってくれるヒーローだなんて、僕達を助けてくれないんですから偽物です」
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