第12話:消えない怪我

 

「奏人、怪我...治してもらわなくて良かったの?」


 バツが悪そうに聞く少女。しかしそんな少女とは裏腹に満面の笑みを浮かべた奏人。


「はい!魔女様につけてもらったのでカッコイイですよ!」


 焼けただれた右手を握ったり開いたりしてそう言うのだから、少女も反応に困るような難しい表情をしていた。


 治療を受けずに屋敷に帰れば、奏人への教徒たちの対応は一変した。例を挙げるならば、以前までは少女が頼んだところで、奏人への食事は届かなかったのに、今は頼まずとも届いていた。それほどまでに司教含む上の連中をボコボコにしたという噂が広がり、誰もが少女と同等に扱うのであった。


「叡智って呼ばれてましたけど。それが魔女様の名前ですか?」


 今までとは180℃変わった対応に居心地の悪さを感じながら過ごし、少女の部屋に戻ってきた奏人はそう問う。


「それは魔女の名前。有名な魔女は通名を名乗るんだよ。私は叡智、あと有名なのでいくと癒しの魔女と珠玉の魔女」


「なるほど」と難しそうな顔をするから、なにごとかと思わず少女も難しい顔をした。


「開闢の魔女っていうのは?」


 奏人のその問いにブスッとした顔で腕を組み、明らかに「話したくない」というオーラまで放つ少女。流石にそんな姿を見ては聞けそうにないので奏人は話題を変えた。


「魔女様の、お名前は...」


 開闢の魔女についてがだめなら、せめて魔女様の名前をと思った奏人。途端にモジモジと恥ずかしそうに聞く姿に呆気にとられてしまった少女は微妙な顔をした。


「分からない。両親はいたんだろうけど、殺されたんじゃない?物心ついた頃には教徒達に囲まれてたし。その頃から魔女様としか呼ばれた事がなかった」


 悲しい顔の一つでもすればよかったのか。何も感じないとでもいうような表情で、その言葉を発した少女に驚いたような表情を浮かべる奏人。


「もし、世界のどこかで両親が生きていたら、会ってみたいですか?」


 その問いに少女は少しだけ悩んだ。


「会わなくていいよ」


 満足そうにそう言う少女に奏人は頷いた。自身も、もし両親が生きていたら会いたいかと聞かれればその答えはノーだろう。そう奏人も奏人なりに考えていたから共感したのだ。


「親は子を愛するものだと昔...坊さん...塩屋さんが教えてくれたから。会わなくても、その事実だけで生きていける」


 少女の無邪気な笑顔に、ホッコリとする。しかし、それと同時に感じた痛みを胸の内にしまった。大人びた少女の姿が時より自分よりずっと幼く見えるのだ。そんな幼い少女が本来口にするような言葉ではない。


 周りの環境に適応するために、大人にならざるを得なかった子供。


 奏人の中で、少女に対するそんな気持ちが日に日に大きくなっていった。


 環境が目まぐるしく変わったせいで、その日はスマートフォンを使う間もなく二人とも就寝した。ただ、少女も奏人も寝る寸前まで家族について考えていたのであった。


 翌朝...


「速報です。先日、遺体で発見された魔女で女優の...」


 少女は隣から流れてくるニュースの音声で目覚めた。


「おはよ」


 奏人が自身よりも先に目覚めているなんて珍しいと思って時計を見る。


「やってしまった...」


 時計は既に13時を指している。


 朝どころか昼の祈りもすっぽかしているのだから、現実逃避で二度寝しようかと考えていた。


「あ、おはようございます。ぐっすり寝てたので僕が代わりにお祈りやりましたよ!」


 お祈りに代わりってあるんだろうか。

 少女は悩む事を諦め「ありがとう」と素直にお礼を言った。


「魔女様。昨日話をしていた...魔女狩りにあった魔女ってこの人ですか?」


 つい昨日動画を見ながら話していた魔女がスマートフォンに映し出されていた。


「そうだね...現場、結構近いね」


 事件の情報を見ればこのあたりで起きた事だったらしい。どうりで奏人が食い入るように見ていた訳だと少女は納得していた。


「単独犯かもね。魔女相手にして単独で勝てるとは到底思えないけど」


 その言葉に驚いた顔をする。


「なんで分かるんですか!?」


 だが途端にキラキラと目を輝かせた。本当にコロコロと表情の変わる子だと少し羨ましくも思っていた。


「この近辺は誰が住んでる?」


 その言葉に奏人は「おぉ〜!」と納得したような声をあげた。


「魔女様がここに住んでるということは、この近辺は魔女様を崇めている教徒たちのテリトリーって事ですか?」


 本当に理解が早いなと感心しながら頷く。


「でも、少し引っかかるね。魔女狩りにあった魔女もそれを承知でこの近辺に来てたはずだ。考えられるのは、過激派の教徒達による犯行かあるいは...」


 顎に手を添え少し考える素振りを見せる少女。奏人はゴクリと生唾を飲んだ。


「教徒達の中に、教徒を装った反魔女の人間がいるという事...でしょうか?」


 魔女を崇める行為は、本来は創造神を崇める過程で、創造神の作り出した魔女という存在さえも崇めてしまおうという風潮から来ている。あくまで魔女はついでに、というスタンスで崇めていたはずだった。しかし、稀だが創造神の存在を否定し魔女こそが民を導くと魔女を神格化させる教徒が現れた。それが過激派教徒。故に自身の信仰する魔女以外は認めないという考えで、他の教徒への暴力行為が行き過ぎた結果、殺人事件に発展するというのは珍しい話ではない。過激派は何も後ろめることはないと生き様が過激だから把握しているし前者はないだろうと少女も考えていた。


「そうだね。とても厄介だ」


 少女は、よりにもよって信仰心にだいぶばらつきのあるこの近辺で...と胃痛を感じ始めた。


「はぁ...お腹すいたよ」


 現実逃避でそんな事を言えば奏人がカタカタと震え始める。


「ま、ま、ま、魔女様は、あ、危ないので屋敷にいてください!僕がモック買ってきます!!」


 怖くて震えているというより、一人でおつかいできるのではないかというワクワクで武者震いしているように見えた。その証拠に頼んでもいないのにモックに行きたそうである。


「その板置いていってね」


 動画が見たいがゆえにスマートフォンだけ置いていくよう言えば、素直に置く。奏人は嬉しそうに「魔女様!行ってきますね!」と出ていった。


 これが昨日、大火傷をあちこちに負い、アザだらけだった人間の調子であるのが恐ろしい。そう思った少女は奏人から受け取ったスマートフォンでまた動画を見るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る