「ほら、俺が役職にふさわしい人だって二人に証明してほしくて！」と付け加えて二枚の紙を出す。署名の欄で折られており、どんな内容なのかは見えない。

　大丈夫。なんていったって魔女の弟子が目の前にいる。疑いもせずにサインをしてくれる。そう言い聞かせながら隼人は笑みを崩さない。

「ここに書けばいいのね！！」

「あぁ、もちろんだ！！」

　思ったとおり、何も気にする様子もなく簡単に紙を受け取る二人。二枚の紙にサインをする姿を見届ければ、スッと二人から奪い小さく折って懐にしまう。よかった...と一息ついた時だった。

「本当にあなたは自慢の息子よ」

「あぁ、俺は誇らしいぞ」

　まるで、まだどっぷりと信仰の沼にハマる前に見せた笑みと何ら変わりのない顔を見た。

「あ''ぁ"ッ」

　もう、我慢の限界だった。崩壊する涙腺。止めどなく溢れた涙は、もう死んでしまいたいと思うほど後悔と悲しみが流れ出ていた。

「あ、この後、隼人と話があったので借りていきますね〜！！」

　もう何も言えなくなった隼人を引きずるように連れて家を出たのは奏人。また隼人を担いだ奏人は近くに止まっていた車に乗り込む。

「終わりましたー！」

　奏人のその言葉を聞けば車は走り出す。

「奏人くんの頼みとあらば容易いことだよーん」

　助手席からひょっこりと顔を出した人物は直哉だった。ケラケラと笑いながらそんな事をいえば「失礼するね」と隼人の懐を漁り二枚の紙を出す。

「確かに直筆のサインだ。もう既に病院側には話を通しているから。明日にでも口裏を合わせてくれる人が実家に向かうはずだよ」

　そういいながら紙をファイリングする。すると運転席から疑問の声が投げかけられる。

「騙すようなことをして入院なんて。良かったんですか？」

　春馬がそういえば、直哉が口を開いた。

「本来は過激派と呼ばれる創造神を否定し魔女を神格化する教徒に向けたカウンセリングや治療を行ってる病院だよ。馬鹿正直にそんな病院に入院して、人格矯正治療を受けてくださいなんて実の息子が言うには辛過ぎるでしょ」

「何より、逆上されてより乱暴になったり、口を閉ざし実の息子ですら拒絶するケースが非常に多い」と話す直哉に、春馬は深いため息をついた。

「それにしても、どうして隼人くんは両親にそんな治療を受けさせようと思ったの？歪んでるとはいえ、叡智の魔女を信仰してるんだよ？良くない？」

　軽い口調で直哉は聞くが、その目は真剣だった。その言葉にしばらく車内は静まり返る。

（ーなんで被害者ぶるんでしょうね！底なし沼だと分かっていながら、家族を引き連れて片足を突っ込んだのは隼人なのに）

　隼人は、奏人との公園での会話を思い出した。全部全部ひよりに、教団に責任を押し付け、被害者ぶる。そんな事をしたってもう元通りの日常は戻ってこないのに。それを理解した途端にもう自分を騙しきれなくなったのだ。

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい