孤城のアトリエ

第48話:道化と代償

　公園での出来事が脳裏を過る。

「隼人にとって、ひより様は誇れる魔女じゃないんですか？」

　その問いに、素直な気持ちで自身の言葉を述べた。

「今はまだ、幼くて...誇れるかは分かりません。また利用される生き方が待っているかもしれない」

　分からない。それが一番素直な気持ちだった。

「隼人は何歳ですか？」

　一変して、浮かべられた笑みは穏やかな表情に変わった。何歳。その問いの意図が隼人には分からなかった。

「25歳です」

　そういえばクスクスと奏人は笑った。控えめな、笑顔とはまた違う哀愁を帯びた表情に、隼人は泰人の様子を見る。

「大人じゃないですか。司教達と同じ大人」

　同じ。その言葉にズキリと胸が痛む。間違いないからこそ胸が痛んだ。

「同じだからこそ、間違った導き方もできれば...隼人自身が正しく導くこともできるはずです。誇れる魔女になるのを待つんじゃなくて、みんなで誇れる魔女に育ててあげる。そういう道もあるとは思いませんか？」

　真っ直ぐな瞳に呆気にとられた。そんな事、考えた事も無かったのだ。

「菜摘はオークションで大金が手に入れば全教徒に返金と慰謝料を払うといっていました。信仰心の薄い人たちは離れていくでしょう。そして、信仰心が強い方々は塩屋さんに頼みカウンセリングと人格矯正治療を行うことを予定してます」

　カウンセリングと人格矯正治療。その言葉に手が震えた。壊れたものはもう元には戻らない。でも...少しでも明るい未来のために治療を選択することもまた方法なのではないか。

「最狂の道化の皮を被ってみませんかー？ニコニコしながら大嘘つきになるんです。でも、その代償は...隼人が新しくなるフクロウに付いてきてくれることです ♪」

　その言葉を拒否する理由がなかった。胸を張って、誇れる魔女に仕えているといえる日が来るかもしれない。母や父にも自慢できるだろう。そして...壊してしまった家族への...少しでもの償いの機会が訪れるかもしれない。

　もう一度、貧しくも普通の幸せを取り戻すために隼人は頷いた。嘘でも何でもついてやる。そんな強い瞳を向ける。

　それから、直哉に電話をかけすぐさま病院を紹介してもらい、入院に必要な書類を揃えた。その後、隼人の実家に向かったのだ。

（ーそれにしても、どうして隼人くんは両親にそんな治療を受けさせようと思ったの？歪んでるとはいえ、叡智の魔女を信仰してるんだよ？良くない？）

　直哉の問いにヘニャリとだらしない笑顔を向けて口を開いた。

「特定の魔女を信仰していなかった時代は、貧しくても幸せだったんですよ。不幸なことが何度あっても、芯のあるしっかり者の母とひょうきんな性格の父、元気な弟たちがいるだけで...それだけで幸せでした。もう二度と戻らないと分かっていても、いつかまたそんな家族で食卓を囲みたいと思ったからです」

「おかしいですよね」という隼人に春馬が力強い口調でいった。

「始まりの魔女が現れるよりも昔は、みんなそうだったらしいですよ。魔女がいなくても、神を信仰しなくとも、人々は貧しくても真っ直ぐに生きていた。魔女を信仰することが必ずしも幸せだとは限りません」

「貴方の判断は間違っていません」と肯定する春馬に「ふふっ」と直哉は笑った。奏人もつられてニッコリ笑えば、車内の空気は和やかだった。

「到着しましたよ。書類は直哉様が持っていると無くしてしまいそうなので私がお預かりします。ですのでご心配なさらず」

　暫く車に乗っていれば、屋敷についたらしい。そういわれて奏人はバーンと車のドアを開け放つ。

「は〜い！塩屋さんありがとうございました！一ノ瀬さんもありがとーございましたー！」

　お礼だけいえば「ひより様〜！！」と叫びながら飛び出していく。

「あっ！！ちょっと奏人様！！癒しの魔女様、一ノ瀬様、ありがとうございました！失礼しますっ！」

　それを追いかけるように隼人も走っていった。春馬も直哉も、嵐のような子達だったと笑った。

「ねえ春馬」

　帰りの車内。直哉は窓の外を見ながら名前を呼んだ。

「魔女を前にして魔女を信仰することが必ずしも幸せだとは限らないだなんて酷くなーい？」

　そんな事をいえば、春馬は鼻で笑った。

「貴方の口癖でしょ」

　その言葉に「どうだろうね〜」と返す直哉は随分と嬉しそうだった。

「本当にお前は...。近い将来、ビックな男になるよ」

　そういえば「知ってます」と返す春馬に、生意気なやつだと直哉はムッとした。

「顔と身長だけは可愛いんだから。男の娘め」

「セクハラで訴えますよノッポメガネ」