孤城のアトリエ
伊織 凛
第1章:始まりの魔女
プロローグ
繊細な技術と、多彩な文化、四季折々の景色に国内外問わず人々を魅了してきた島国、日本。
しかし、その裏で、確実に国民は疲弊の一途を辿っていた。度重なる大災害と政治不信。あるいは病や生活の困窮。何を頼るのか。何が頼れるのか。人々は心の拠り所を求めていた。
あるとき、魔女を名乗る女が現れる。バスタ新宿前で、路上ライブに励む少年少女達の中に、異彩を放っていた。女は伝導する。
「皆のもの、聞きなさい。今こそ我らが創造神様の大いなる加護が必要なのです。祈り、そして天命に従いなさい。さすれば、その思し召しの先に必ずや繁栄が訪れるでしょう」
人々はスマートフォン片手に女に群がる。何かと政教分離について騒がれたこのご時世に好奇な目でカメラを通して見る若者。怒りを露わに野次を飛ばす老父。
その中でも一人。ボロボロな布をまとう子供が前に出た。
「そうぞうしんさま?」
首をかしげて問う子供に、ニチャッとくしゃくしゃの笑みを浮かべて歩み寄った。子供の肩に手を置き口を開く。
「あなたには備わっているのでしょう。創造神様のご加護を受ける資格が」
子供の目には女ではなく、魔女が映って見えた。鮮明に、強烈に。誰もまともに相手をしない中、子供だけが見いだした可能性。新しい時代を予感させた。
「私と共に、新時代の幕開けを見届けなさい」
その言葉に勢いよくうなずく子供。
チリン
鈴が跳ねるの音。さして大きな音では無かった。しかし、その音を皮切りに人の波が女を襲う。度の過ぎた茶番に野次馬の怒りがボルテージを越えた。襲いかかる人間、それを面白がって撮る人間、足を止め傍観を決め込む人間。しかし、誰一人として子供を心配する人間はいなかった。気まずそうに横目で見る大人達はその手を引っ込め、足は違う方向を向いている。その理由は一つ。ボロボロで異臭を放つ子供。ここらの高架下やバスタ周辺でダンボールを敷き、寝起きしているホームレスと同様であることは考えなくても分かるからだ。人々は所詮、たちの悪い宗教の粛清という大義を掲げ、気に入らないという何ら難しくも無い単純な感情によって他者を蹂躙する。
正義とは娯楽に過ぎず、悪とは世論理解の外側にある航海である。
この一件は、「21世紀の魔女狩り」のタイトルで動画サイトにアップロードされると瞬く間に拡散されニュース番組でも度々報道された。
19歳、藤宮香織。暴行により頭を強打。脳震盪を起こしその後、死亡した。21世紀の魔女の最後はあっけないものであった。
しかし、それがトリガーであったとでも言うのか。
その日を境に、人々は目を疑うような現象を目の当たりにする。ファンタジーの世界にでも迷い込んだとでも言うのか。魔法を使う人々の存在が報告されたのだ。
程なくして、自らを魔女と名乗る男女13人が現れる。彼らは口々にこう締めくくった。
「我らが創造神様の思し召しのために。天命を享受せよ」
人々は疑うことも忘れ、創造神に...魔女達に、腐敗し立ち直ることを忘れてしまった人々の心の救済を、日本の再生を求めた。
これがのちに、魔女国家と呼ばれることとなる新時代の幕開けである。
※魔女という表記について、他サイトの方で多くの方から質問をいただいたので記載します※
始まりの魔女(プロローグにてバスタ新宿前に現れた女)に感化された男女13人が、自身を魔女だと名乗りをあげた時点で従来の魔女という意味からは異なっています。
そのため、魔女という単語は魔法を使う女性という従来の意味ではありません。始まりの魔女の、創造神によって繁栄がもたらされるという主張を支持する意思表示として男女問わず魔女を名乗っています。
違和感があることと思いますが、あくまで日本であり日本ではない世界ですので常識や細々とした言葉、考え方は違う発展を遂げていると考えていただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます