第31話:約束

 

 不安を口にしたのは、隼人だった。


「魔女を信仰する教徒同士での争いも増えています。魔女様を崇める人々は確かに多い。でも、安息を求め魔女に縋る人々が多いこともまた事実。群を抜いて大きな組織であったフクロウが司教と古株の教徒達を失ったとあれば、他の教団が蹂躙してでも教徒を増やそうという動きをするでしょう」


 やはり、普通に生きてきた人々にとっては受け入れがたい。ひより自身もそれを予想していたため、隼人や硝子、和哉からの反応が怖かった。


「16年前。ひなちーが生まれる少し前。フクロウよりも多くの教徒を持ち、他の魔女や半魔女からも一目置かれた魔女がいた。性別や年齢不詳、素顔を見た人間すらいなかった」


 すると、隼人の反応を見た直哉が語り始める。懐かしむように話す姿に周りは黙って聞いた。


「教科書にも乗ってるんじゃない?前にも後にも、日本で皇帝と呼ばれた人間はあの人しかいない」


「あの人?」と泰人が首を傾げる。その姿にひよりが補足する。


「通り名を名乗らなかった。だから人々はあの魔女、あの人、大魔女なんて曖昧に呼んでいた。それでも伝わるほど有名な人だよ。誰が呼び出したかは分からないけど、誰かが皇帝と呼んで定着した。遠い昔から日本には皇帝がいるのにね」


「へぇ〜」とよく分かっていないような曖昧に反応をすれば直哉が続けた。


「その魔女が突如として消えたのが16年前。大変だったんだよ?菜摘は知ってるよね?まだ幼かったけど」


 突然話題を振られビクリと肩を揺らす。しかし、少し考えて頷いた。


「大量の教徒が信仰対象を失い、日本中が大混乱。反魔女達の革命運動に火をつけ東京都新宿を中心に全国に飛び火。13人いた魔女は2人を残し全滅。魔女狩りの規模としては始まりの魔女が現れてから最も多い。今いる魔女も16年前に入れ替わるように魔女になった子たちは多い。これが意味してるのは何か分かる?」


 直哉の言葉に、隼人達3人の教徒は下を向く。恐れているのだ。16年前の悲劇が繰り返されることを。司教達を失い不安定な教団に反魔女や他の教団が牙を向かないとは限らない。教徒達にも多くの死傷者を出した争いを繰り返したくはない。その一心。


「私が直面しているのは、私だけの問題じゃないってことでしょ?私が下手を打てばすべての魔女やそれを信仰する教徒達が危険に晒される。大きな組織のトップである坊さんがフクロウを持っていたほうがまだその危険は軽減される」


 その言葉に深いため息をついて直哉はひよりを見た。


「しつこくてごめんね。でもね。ひよりはまだ16歳だ。守られるべき子供。今更だっていわれたらそれまでなのは分かってる。でも、今までとは訳が違う。後悔しながら死ぬことになる。笑って死ねるなんて夢を見られなくなる。それはひよりだけじゃない。誰もがだ。だからひより...教団を俺に渡してほしい」


 真剣な眼差しにキュッと口を結ぶ。嫌だといいたい。


(ー当時まだ研修医をやっていた塩屋直哉は必死に魔女になるための努力をした。魔女になって、教徒や魔女たちの存在に人々の生命が脅かされないために、独立した医療を提供する組織を作るってな)


 でも、菜摘から聞いた話がよぎってしまう。自分の幸せではない、人々のために心をすり減らしながら戦ってきた直哉にどんな顔をしてそれを伝えればいいのか。直哉についていく、癒しの魔女を信仰する人々の気持ちがよく分かる。真っ直ぐな人。自分が傷つこうとも前を向いて歩き続けられる人。


「やめにしませんか。魔女様をいじめるのは」


 この空気を断ち切ったのは、硝子だった。


「私は、私の家族も含め...魔女様のために命をかけられます。私は魔女様を信じています。今はまだ、創造神様に選ばれし叡智の子であっても...必ずその名前に見合う人になる。癒しの魔女。貴方は魔女様を過小評価している」


 硝子の言葉に背筋が伸びる。私が黙り込んではいけない。前を向いて、言葉を紡がなければ伝わらない。そう拳を握る。


「意見は、変えない。坊さん...塩屋さんに教団は渡さない」


 力強い言葉に直哉は眼鏡を外す。菜摘は鼻で笑って直哉の肩に手を添えた。


「約束は設けさせてもらうよ...これに関しては強制。俺が無理だと思ったり、ダメだと思ったら即教団は渡してもらう。それから...開闢の魔女に挨拶に行ってね。泰人くんが司教たちボコってこんな事態になってるんだからちゃんと教団の主として説明しておいで」


「わーん!春馬にラーメン連れてってもらうぅ〜っ!」と泣き真似をする。いつもの調子だがどこか空元気にも見えた。


「あ、魔女様。ご飯冷めてしまいますよ!」


 話が一段落したところで和哉が口を開く。その言葉に慌ててひよりが「いただきます!」と口にすれば周りはずっこけた。


「やり直せ!挨拶は大事だろ!!」


 バン!と菜摘がテーブルを叩いて「ひっ」と思わず声が出る。心を落ち着かせてから再度手を合わせた。


「いただきます」


「「「「「いただきます!」」」」」


 今度こそタイミングが合えば食事が始まったのであった。

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