　わいわいと騒ぐ面々の中、食事に呼びに来た和哉。和哉の姿を見るやいなや直哉が立ち上がり走り出した。

「お客様がいらっしゃるとは聞いていませんでしたのでお食事の用意がございません。お帰りください」

　和哉に飛びつこうとしている直哉。その周りをそよ風が吹き抜けた。優しい風だがバランスを崩すには丁度良く、足を踏み切れないまま滑って転んだ。

「つめたーい！も〜、反抗期？思春期？変声期まだ来てないよね？？」

　煽ってるようにしか見えない会話に、菜摘とひよりが「やめろ」という目で直哉を見る。しかしそんな目を向けたところで止まる直哉ではない。

「変声期は来てコレですが？」

　確かに女性みたいな高い声だがそれは多様性の時代ということで誰も触れないようにしていた。にもかかわらず、直哉は平気で踏み抜いて行くのだから流石である。

「も〜。ちっちゃいときから全然変わんないから今も可愛いよね。将来俺のお嫁さんになるっていってたのが懐かしいよ〜」

　頬に手を添え体をくねらせる独特な動きをし始める直哉。他の面々は「行きましょうか」と何もなかったことにして食事に向かった。

「なにこれ...初めて見る」

　皿の上にアルミホイルで巻かれたナニカがある。お茶碗には黒い米。知っているのはお椀の味噌汁だけという異様な状況に、ひよりはあまりノリ気ではなさそうである。

「お米は24穀米っていう、とっても栄養価の高いものなんですよ。アルミホイルで巻かれてるのは、鮭のちゃんちゃん焼きというもので、沢山の野菜と鮭を味噌ベースのタレで味付けしている料理です！」

　和哉が自慢気にそういうのだから、もしかしたら美味しいのかもと、ひよりは席につきアルミホイルの端をクンクンと嗅いだ。

「ひなちー、お行儀悪いからいただきますするまでは手はお膝だよ？良い子にしてて」

　どこからともなく湧いてきた直哉がひよりの頭を撫でれば素直に膝に手を置いた。菜摘も和哉も「どこから湧いてきた...この変態」と嫌そうな表情である。

「ほら、お前がここの主だろ。食事の挨拶」

　全員が席に着けば菜摘にそういわれる。「挨拶？」と首を傾げれば思い出した。昔、直哉の家で家族みんなで食べた食事の前には手を合わせていた。

「あっ、」

　すると、ひよりはまた何かを思い出したように口をモゴモゴさせる。そんな姿に誰も急かさず、ただ次の言葉を待った。

「藤宮...ひよりっていいます。洗濯は苦手だけどおひさまの匂いは好きで、料理はお肉を切るのは苦手だけどカレーを食べるのは好きです。えっと、」

　今朝の自己紹介を夕食までに考えておくよういわれたのを思い出し、食事の前に話しだした。しかし、今まで自分の事を話した経験が乏しく上手くまとめられないでいた。

　それでも、聞いている人間はみな、微笑ましそうに顔を綻ばせ、相槌を打っていた。

「立派な魔女になります。みんなが私を信じてついてこられるように、がんばります。よろしくお願いします！」

　そういいきれば、ひよりはキュッと目をつむってしまった。不安なのか少し手が震えていた。

「それは、交渉決裂でいいのかな？」

「うん」

　しかし、直哉の問へだけは即答だった。教団への思いは変わらない。勝手にできて勝手に育って暴走していった。自身も散々振り回された。でも...生まれ落ちたその日から、終わりの時まで、共にあろうと思った。腐れ縁だと思って面倒みてやろう！なんて軽い口はた叩けないが、それでも、硝子や隼人、和哉達のような教徒のためにも、自分のためにも立派な魔女になる。そう決めた。だから、震えていたのは、そんなことにではない。

「はーい！ひより様、よろしくお願いします！」

　元気よく右手を挙げる泰人。いつだって照らしてくれる太陽はニッコリと笑いかけてくれる。ずっと気にしていたのは泰人の事ではない。

「俺は、正直不安です」