　硝子と別れ部屋に戻る。泰人が帰ってくるのを待っていたのだが、それまで我慢できずに寝落ちてしまった。これが21時のことである。

「ほら、ひより。起きろ」

　朝6時頃。トントンと肩を叩かれ目覚める。目を開ければそこには菜摘がいた。

「お勤めがあるだろ。俺は今から寝る。朝飯までには起きるからそれまではゆっくりしてろ」

　髪の毛はボサボサ、クマができて見るからに疲れている。それでも起こしてくれる優しさに「ありがと」と微笑む。

「ん。大丈夫か？」

　心配されることはやはり慣れない。くすぐったい気持ちになる。それでも嬉しくて「うん」と返事をすれば満足したように帰っていった。

　布団を見ればグッスリと眠っている泰人。この寝方はおそらく8時までは起きない。そう思いながら布団を抜け出す。

　部屋を出てペタペタと素足で廊下を歩けば、朝はまだひんやりと冷たかった。

「魔女様！素足で歩き回ったら汚いですよ！」

　普段なら絶対に司教たちに怒られていることをしていれば、やはり違う人に怒られる。

「おはよ」

「ちょ、ちょっと待っててくださいね！今履くものを持ってきますから！」

　そう慌てて取りに行くのは隼人だった。その姿は昨日見た姿よりもずっとラフだった。どちらかといえば、ボロっとした服を着ていたことに意外だと思った。

「これ！持ってきましたよっ！」

　少しすれば、ハァハァと息を切らして中履きを持ってきてくれた。

「ありがとう」

「いえいえ！お役に立てて何よりです！」

　心底嬉しそうな表情をする姿に、何もしていないのにひよりが嬉しくなった。

「今から、お祈りですか？」

「そうだよ」

「ついてくる？」といえばゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。迷っているのか、その表情は強張っている。

「祈るだけだよ？」

　そんなに緊張しなくても、という気持ちを込めてそういえば意を決したように頷く。ひよりは隼人と共にホールへ向かった。

「すごい...」

　壁画やステンドグラスといった装飾に興奮気味の隼人。そんなに珍しいだろうか？と首を傾げれば困ったような顔をしていた。

「うちは、家族みんなどっぷり浸かっちゃってて...。壺買ったり寄付したりしてたら祈りの集会への参加費用が足りなくなってしまい...参加したことがなくて...」

　気まずそうにそういって止める。「すみません！」と謝る姿に気まずさを感じた。

「片膝を立てて座る。私と向かい合って、好きなように手を合わせて」

　そういえば、いわれた通りに片膝を立て向かい合って座る。

「昔の魔女たちは、共に生活していたそうだよ。衣食住や祈りに至るまで。そして祈るときは決まってホールの中心に円を書くように座っていたらしい。みんなが等しく神を崇拝するためにね」

　そういえば、隼人は驚いたように目を見開いていた。

「私が知ってる他の魔女は癒し、魅了、開闢の3人。でも、いずれの魔女も自ら教団を運営している訳じゃない。本来は教団と魔女は交わらないんだよ」

　だから、魔女と教団が必ずしも仲が良いとは限らない。開闢を崇める教徒たちは富裕層が多く、権力者も多い。故に、信仰というより利害による関係であり淡白。癒しは、魔女やその教徒の影響を受けない独立した医療の提供を謳うため力の弱い人々への影響力は絶大。教徒は、庇護下にある病院や消防、救急隊員とその家族が多くを占める。魅了は表舞台に顔を出さないものの、姿を見た者はその美しさに酔いしれるといわれるほどの容姿を持つ。SNSでの発信を行っていることから、若者からの信仰を多く集めている。このように年代や貧富、その関係は様々だった。

「それに対して私を崇める人々は中高年以上が多い。昔ながらのマルチ商法で身内を引きずり込む悪質な勧誘から全国に多くの教徒を得た。たった16年で日本で一番の教徒の数を誇っているんだよ。急激に成長を遂げた結果、搾取が繰り返され、役職を持たない教徒たちは貧困を極めている。上の人間は贅沢三昧だよ」

　隼人は運が悪かった。他の魔女を崇めていたなら...

　そう、申し訳無さ、自身の不甲斐なさに、ひよりは拳を握った。隼人の家系は、搾取され続けていたのかと思うと、自身がどう関わっていいのか分からなくなった。

「魔女様も...贅沢なさってたんですよね？」