孤城のアトリエ

第36話:拒絶の痛み

　隼人の言葉はジクジクと鈍い痛みで胸を刺した。分からなかった。何が贅沢に当たるのかも、普通を知らないひよりにとっては分からない。すると、黙り込むひよりの両肩を掴み、隼人は目を合わせた。

「沢山美味しい料理は食べましたか？上等な服を着て、遊んで！楽しかったですか？」

　その言葉に首を横に振った。隼人のいうことが贅沢に当たるのならしたことがない。穏やかではない隼人に目に涙が溢れた。

「知ってましたよ！俺達みたいな教徒がどれだけ搾取されようと魔女様はいつも惨めな姿だった！！いつも同じ白いワンピースを着て、帰ってくるときには真っ赤。食事なんて名ばかりの質素なもの！お付きなしでは外も出られず死んだような目をしてただ生きていた！」

　そうだ。硝子や和哉がひよりをよく見ているように、隼人もひよりをよく見ていた。考えずとも分かる。硝子はだいぶ特殊であり、和哉は兄の直哉が魔女であったため寛容であった。普通に生きてきた人間からすれば、受け入れられるような存在ではない。

「魔女様は、惨めに生き恥をさらしてきたのに。教団がなければこんな思いしなかったはずなのに。それなのに、本気で教団を建て直そうと思ってるんですか？俺が魔女様ほど力を持っていたら...すべて残さず壊してしまいたい！！そう思うほどすべてが憎い！！」

　肩に置かれたては爪が食い込む。激痛が走るが声一つ上げられない。声を上げたいのは隼人のはずだと耐えていた。

「理性的な僕と話されますか？

　それとも...狂気的な僕とお別れしますか〜？」

　肩の痛みがなくなる。それと同時に泰人の声がした。すぐ横を見れば隼人の手を縛り上げて今にも襲いかかりそうな泰人の姿。

「ひよりに手を出すのはナシだ。話がやっとまとまったんだ。俺の仕事を増やすな」

　そして隼人の首元にナイフを添える菜摘の姿があった。

「邪魔したな。コイツは連れてくぞ」

「ひより様〜！今日の朝ごはんはプリンがあるって和哉がいってました！」

　隼人を抱えた泰人と菜摘がそれだけいい残せば嵐のように去っていく。突然の出来事に困惑する。頬を伝う涙は温かいのに、心は冷え切って今にも凍ってしまいそう。

　肩を掴まれて崩してしまった姿勢を正す。

「私は貴方が嫌いだ...。どうして私を魔女に選んだ...」

　そう悪態をつきながら手を胸の前で合わせて目を瞑った。

『ー23』

『ー56』

　頭の中に、声が響く。聞こえてくる数字はニつだった。

「最近...天命は聞こえなかったのに」

　今日はニ人への天命が聞こえてしまった。声が聞こえてすぐに、合わせた手を解き耳を塞いだがそれでも聞こえてしまった。暫くはその場にへたり込んで動くことができなかった。

「ひより様！」

　朝食の時間になるまでずっとへたり込んでいた。これ以上惨めにならないように。そう自分にいい聞かせて立ち上がれば屋敷の外へ出た。泰人に声をかけられたのは出たタイミングでだった。

「何も食べないと力が出ないので！僕特性のプリンパンです！」

　そういって渡されたのは食パンの上にグチャグチャになって乗せられたプリン。ニコニコしていた泰人の好意を無駄にすることができず、意を決して口に頬張った。

「おい、しい...」

　涙が溢れた。ボロボロと泣くひよりを、これでもかというほど泰人は撫でた。

「僕もお供しますよー！」

　満面の笑みでそういう泰人はひよりの手を取った。ひよりは、困惑するも一人では心細く、その手を振り払うことはできなかった。

「どうしようね。場所は分かるんだけど、遠くて...」

　少し落ち着けば、そんな事を口にした。いつもなら、当たり前のように司教や他の教徒がパトカーを呼んでタクシー代わりに使っていたのだが、そんな訳にはいかない。それが間違ったことだと理解した今からでも正しくあろうと思っていた。

「あ、硝子が車を運転できるっていってましたよ〜！」

　あの硝子が車の運転？とギョッとした顔をする。間違いなく死に一番近いところを走行するつもりだろう。

「でも、ひより様と心中になっちゃいますけどね！」

　そういうのだから泰人もそれを理解しているようだ。この時間、みんなは朝食を取っていることだろう。そう思って部屋へ向かった。

「無免許でもいいなら運転するぞ？」