第50話:来訪者
暦上は秋になり、暑さが和らいできた今日。
「オークションの広告最悪だなこれ...」
外車、スポーツカー等々、合計123台もの車にひよりが乗り、ご丁寧に証拠写真まで撮った。この証拠写真はブロマイドとして付けるらしい。全員で手探りの洗車まで行い車の準備は万端。満を持してデカデカと広告を打つも出来が最悪だと菜摘がため息をついた。
「えぇ〜?動画サイトにも投稿して3日で再生数500万回超えですよー?おかげでテレビをつければオークションの話題で持ちきりなのに」
菜摘の言葉に奏人がそういえば、分かっていないな...と鼻で笑った。
「これはみんな面白がって動画を再生してるだけだ。500万回だか500万人だか知らねえけど、この内の10人でも買ってくれりゃいい方だ。お前、俺達が売ろうとしてるものの単価分かってんのか?」
そういわれ「モック一万回分です!」といえばもう疲れたとでもいうように奏人から目をそらした。
「菜摘さん。お散歩行きたい」
そして、変わった事といえば、やはりお付きなしでは外に出られない生活へと変わってしまったひよりである。現状不安定な教団の立場に加え、ひより達がオークションの宣伝をする動画をサイトに流している。身の危険も考えれば護衛がいるという判断だった。
「気分転換に行くか...」
「はーい!僕も行きま〜す!」
しかし、以前までと違うのはひよりの表情である。お付きを嫌がっていた今までに対し、屋敷の誰かとお散歩ができるというイベントに、毎日毎日胸を高鳴らせながら散歩の時間を待っていた。
「おい、暇だろ。子守に付き合え」
「そうですよ〜!隼人は弱いので護衛にもならないと思いますけど!」
「なんであんたらは俺にだけ当たりが強いんですか!コノヤロー!!」
三人で仲良く廊下を歩いていればすれ違う隼人。隼人にそう言いながら絡んでいく奏人と菜摘を見てクスクスとひよりは笑っていた。
「パンダ!!」
「はい!パンダですよ〜!」
いつもの近所の公園へと散歩に向かったのだが決まって乗るものがある。それはパンダの跳ねる遊具だ。ひよりがそれに乗るのをただ男三人が眺めているという異様な光景が毎日のように見られるのがココ、叡智の魔女の屋敷近辺だ。
「奏人様!」
「ん?」
ぼーっとひよりが遊ぶのを見ていた奏人。だから、泰人に近づいてくる人影に気づかなかった。隼人の声でその人影に気づいた。
「頭...ぶち抜くよ。オバサン」
奏人に手を伸ばす人物の頭に、手を銃のようにして向けるひより。先程までパンダで遊んでいたというのに気づけば側にいた。聞いたこともないようなドスの効いた声で言葉を発するのだから誰もが目を見開く。
「ひより〜。酷いじゃないか。育ての親にそんな乱暴な言葉を投げかけないでおくれよ」
奏人が顔を上げれば、老婆のような真っ白な髪が目に入る。しかし、見た目は若々しく妖美な姿。
「奏人様下がって!!そのお方は開闢の魔女様です!!」
隼人のその言葉に、奏人は後ろに飛び退く。菜摘も懐に手を入れナイフの柄を掴んでいた。
「貴方に育てられた覚えはない。帰って」
光もささぬひよりの瞳に映るのは、ニコニコと笑っている女性。この人が開闢の魔女かと菜摘と奏人は息をのむ。隼人は震える手を隠しながらも、じっとその姿を見ていた。
「おやおや。私にお願いをしなければいけないことがあるんじゃないのかい?わざわざ弟子で娘のように可愛がってあげたひよりのために、私自ら会いに来てあげたのに」
その言葉に反論しようとするが深呼吸をした。相手のペースに乗せられてはいけない。それでも噛み付いてしまいそうな心を鎮めようと、ひよりは奏人や菜摘、隼人の方を見た。
「教団を新しくしたかった。だから司教たちを叩き出したの。いいよね?」
本来は罪に問われる事柄を「いいよね?」と軽くいうひより。それを聞いていた菜摘や隼人は、いくら何でも...と生唾を飲んだ。
「かまわないけど。可愛くお願いの一つでもしてくれたらね」
「「いいのかよ」」
思わず開闢相手に突っ込んでしまった。奏人は奏人でそんな会話を聞いて吹き出すように笑っていた。
「お、お...おねがい、します」
苦渋とでもいうのか。可愛らしくとは程遠い歪んだ表情を浮かべてそういう姿に開闢は笑った。
「ふふふっ。大人になったようだね。それは...この子のおかげなのかい?」
ニヒルに笑う開闢は奏人を見る。
「はーい!少なくとも貴方のおかげじゃないと思いますよ!オバサン!」
奏人の煽りにひよりまでもが口を開けて驚いた。隼人にいたっては泡を吹いて倒れた。菜摘は膝から崩れ落ち頭を抱えていた。
「まったく。最近の若い子は血の気が多い。せーっかくオバサンがスマートフォン買ってあげようと思って今日は来たのに。残念だね。あ、文天堂だっけ?あれも人気だよね」
その言葉にひよりと奏人はピクリと肩を揺らす。「スマートフォンに...文天堂...だって...?」とでもいうように目は輝いている。
「欲しい?スマートフォンに、文天堂」
ひよりと奏人の頭の中は既にスマートフォンと文天堂で頭がいっぱいだった。是が非でも欲しいと顔に書いてある。しかし、残り少ない理性がストップをかける。
「タピオカって、知ってるかい?昔流行ったやつが今流行してるんだけど...モチモチしてて美味しいんだよね。今日飲みに行ってしまおうかな」
タピオカ。聞いたことのない食べ物にもうひよりと奏人の理性ダムは決壊。食べ物は強かった。
「欲しい」
「欲しいですっ!!」
二人揃って開闢の服の袖を掴んでいた。まるで小学校低学年ほどの子供のように。
「うんうん!素直な子は嫌いじゃない!行こうじゃないか!」
そんな姿を菜摘と隼人は呆然と見ているのであった。
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