第3話:阻むナニカ
「旧型?」
思惑通り食いつけば少女はホッとする。奏人はよく分からないというような表情で少女の言葉を繰り返した。
「今は24世紀。はじまりの魔女誕生から実に300年近くの時が経過してる。なのに、技術が300年前からたいして変わっていないのはなぜだと思う?」
その問いに、必死に考える姿は少女からすれば新鮮なもので、布団に頬杖をついて答えを待っていた。
「魔法が使えるようになったからですか?」
スラム育ちの彼に答えなんて導き出せないと侮っていたから、その答えが出てきたことに少し驚いた。
「正解だよ。人間で最も多いのは普通かそれ以上の生活を送る人々。生活のままならない人々や貴方みたいなスラムに生きる人々は比べれば少数派だからね。贅沢ができる立場にある人間が次に目指すのは生活水準の向上ではなく、魔法の習得だ」
「何故か分かる?」と聞けば少し考える素振りを見せる。感心したように奏人を見て、次に発される言葉に期待した。
「魔法を使える人は、偉くなれるからですか?」
「なぜそう思うの?」と問えば、確信に触れたと思ったのか、自信のなさそうな表情が一気に嬉しそうな顔に変わる。
「魔法は魔女じゃなくても使えます。スラムにいた子供の中にたまにいました。魔法を使える子が。でもそういう子は、お金持ちの大人が連れて行くんです。何か、使いみちがあるから連れて行くんだと思いました!」
「実に貴方らしい答えだ」と心底嬉しそうな顔をする。その口元は嬉しさと興奮で酷く歪んでいた。その洞察力は育った環境が育んだのか、それとも生まれ持った才能なのか。少女は新しいおもちゃを見つけた子供のように布団の上をゴロゴロと転がりまわっていた。
「この国の警察、消防、医療機関に政治家。殆どの期間のトップ層には魔女がいる。そしてその魔女を囲むように魔法の使える人間たちがトップ層の殆どを占める。魔女や神の存在を信仰対象と見ている人類は魔法さえも神聖なものと見ている傾向が強いからね。控えめに見積もっても7割の人間たちがだよ」
「この屋敷の人間も私という魔女を信仰しているんだよ」と言えば「おぉ〜!」と目を輝かせている奏人。やはり、裏表のない奏人の反応にはこっ恥ずかしいと感じる気持ちが芽生えてしまうのか。少女は深呼吸をして続けた。
「そんな人々からすれば魔女の手足となって働ける事は幸福なんだよ。それに...魔法を習得すれば魔女になれる可能性が浮上する。と言っても、人口のだいたい10分の1くらいの人間が魔女の卵と呼ばれる魔法の使える人間だ。一千万の卵に対して、孵化できる枠はたった13枠。こっちは現実的じゃないね」
「なるほど...」と難しい話にも問題なさそうについてこられる奏人を見て、満足そうにする。
「まぁ、こういう板の開発は進んでない訳じゃないんだけど。ただ、ある時期から突然、見えない何かに阻まれているかのように開発が進まなくなった。単純に技術の限界なのか、あるいは...なんらかの魔法による妨害か。だから、300年も前からある仕組みで作られたものが今も主流なんだよ」
そう笑って言えばギョッとしている。そんなに昔からこんなものがあった事に驚くとともに、なんで急に開発できなくなったんだろうという疑問を持ったのだ。
「その疑問には流石に答えられない。私は開発側の人間じゃないからね。でも、可能性で言うなら...」
なんで僕の疑問がわかったんだろう、とでも思っていそうな表情。少女は口角を上げた。それはまるで可能性とはいったものの、少女の中では既に答えが出ているようにも見えた。
「創造神様がストッパーをかけているのかもね」
それを薄々感じているからこそ人々は開発を進めようともしないのではないか、と奏人は奏人なりに結論を出した。
少女が、満足したような表情の奏人を見て手元のスマートフォンに目を落とす。普段触らないものに興味津々でアプリを開いている時だった...
「魔女様はすごいんですね!一千万人も魔法を使える人がいるのに、魔女になったんですから!」
急に前の話を掘り返され、また得体のしれない羞恥心が少女を襲う。
「私は他の魔女たちと違って、魔女の卵の中から孵化した訳じゃない。創造神様が決めたんだよ。生まれる前から。私が魔女になることをね」
「だから、私はなんの努力もしていないし。すごくもないよ」と後に続けようとするも大興奮の奏人に押し負ける。
「創造神様が!!やっぱりすごいですね!」
褒めちぎるのが止まらない奏人。もうやめてくれと今度は顔までおおい始めていた少女。この光景は奏人が満足するまで続いた。
「まぁ、要するに...開発が進まなくなったから300年前とあまり変わってないんだよ。強いて言えばセキュリティー面ではアップデートされたかな。新型は顔認証や指紋認証じゃないと開かないようになってる。旧型はパスワードだけの簡単なやつというだけ」
話題を無理やり最初に戻してやっと褒めちぎられる事から開放される。その頃には、疲れているような表情さえ浮かんでいた。一方奏人は「理解しました!」と未だ楽しそうだった。
少女は再度スマートフォンに視線を落とし、タップする。
「なんですかこれ!人が!!」
「確かにすごいね。私もこういうのを見るのは初めてだよ」
開いたアプリがたまたま2人の視線を奪う。二人が釘付けになっていたのは、動画サイトで生中継されていたお昼の旅番組。その動画を皮切りに次々と流れてくる動画に夕飯を食べることも忘れて夜が明けるまで鑑賞していたという。
この事をきっかけに少女のスマートフォンに対する評価が人間が連絡に使う板から、便利で面白い文明の板へと変わったのであった。
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