第2話:スマートフォン
「お疲れ様です!車内冷えてますから!ささっ、中へどうぞ!」
来た道を戻り車まで近くに寄る。運転席からハッとして出てきた男性に差し出された手を取ることはなかった。行きとは違い、少女自身がドアを引けば奏人を先に乗せた。
「ありがとうございまーす!」
ニコニコして乗り込む奏人を横目に、なんとも嫌そうな顔をする男性。風に乗ってくる奏人から発せられる異臭に咳払いをすれば渋々と運転席に乗り込んだ。
行き同様サイレンを鳴らす。その音に、ビクリと泰人が肩を揺らした。しかし、外を眺めるのが忙しいのか、さほど気にしていない様子。車が発進してしばらくすれば少女の住まう屋敷が見えてきた。豪華絢爛とはまさにこの事。そういうに値するほどの豪邸がそびえ立っていた。
車が勢い良く停車し、前のめりになれば少女はため息をつく。奏人はといえばシートベルトをしていなかったせいで、座席から転がり落ちていた。少女が奏人に手を差し出す。奏人が手を取れば優しく引きドアを開けた。少女たちが先に降りれば後から男性も降り頭を下げてはヘラヘラとしている。とても反省している風ではなかった。その後も「では、私はこれで!」と男性はそそくさと車に乗り込む。
「お帰りなさいませ。魔女様、そちらの人間は...」
呆れたように再度ため息をつけば聞き慣れた声がする。声の方へ振り返れば金の刺繍が施された白いローブを身にまとう中年の男性。その男性を見るや否や気まずそうに少女は目を伏せた。
少女の乗る車のすぐ後ろをついてきていた老父2人は車から降りるやいなや中年の男性に話をした。
「司教様。こちら、寛大な魔女様によって保護された子供です」
「それも、スラムに住む不浄の民ですよ」
明らかに侮蔑的な言葉と態度でいう2人。しかし、当の奏人は興味なさそうに庭を見ていた。
「弟子だから」
そう言えば、周りは目を見開いて固まっていた。
「あと、警察の偉い人に伝えて。もっと運転が上手で気の使える人を寄こしてと」
中年の男性...司教と他2人の相手が面倒でそれだけ言い残して少女は屋敷に入っていく。反応が少し遅れて奏人もその後ろを歩いた。
しかし奏人はそうはいかない。少女が背を向け歩き出した瞬間から、睨みつけてくる司教達。興味がなかったものの、あまりにもあからさまな態度に「魔女様!置いていくなんて酷いです...」と頬を膨らませた。
「何が魔女様だ!!」
「貴様のようなゴミが魔女様と気安く呼ぶな!!」
老父2人が奏人に飛びかかる。突然の事に避ける間もなく殴られた。
「何をやっている!アザの一つでも魔女様にバレてみろ!!大事になったらどうするつもりだ!早く風呂につれていけ!」
心底嫌そうな顔の司教は奏人を見ては舌打ちをする。先程まで穏やかな表情で少女に声をかけていた男性とは到底思えなかった。そんな姿に、老父は怯えた様子で奏人を離す。それを見て司教は一人屋敷の中へ入っていった。
その後、奏人も屋敷へ入れば、あれよあれよとボロ布は剥ぎとられ、風呂に放り込まれる。何度も洗えど汚れと悪臭はマシになる程度で完全には落ちなかった。
「魔女様のお弟子さんですからできる限り良いものをとかき集めたのですが...。質は良いですが少々、いやかなり小さいですね...申し訳ありません...」
服を着せられるも丈が短く、少し大きな動きやしゃがんだりすると背中が見えてしまう。Yシャツなのに袖は肘ほどしかなく全体的に服が小さい。パツパツだった。
奏人は、頭を下げる女性に「はい!ありがとうございます!」と元気よくお礼をいった。その時に女性の側にあるカゴの中に入っていた物を見逃さなかった。
「いい匂いになったね」
女性につれられ少女の部屋に向かう。部屋まで送り届けた女性はその言葉で苦い顔をしていた。
(マシにはなりましたが、いい匂いでは...)
そんなことは口が避けても言えないため「では、私はこれで」と下がる。女性がいなくなったのを確認すると奏人は子犬のように少女に駆け寄った。
「魔女様!さっき着替えをした部屋にこんなものが!!」
布団に寝っ転がり、威厳などどこかに捨ててきた様子の少女に、奏人は手に持っているものを見せた。
「へぇ。それ知ってるよ。連絡に使う板だ」
世間一般ではスマートフォンと呼ばれるソレをスラム育ちの奏人が知るはずもない。少女もそういった類には興味を示してこなかったため、なんか便利な板くらいにしか思っていなかった。
「わっ、つきましたよ?あ、でも押しても何もならない...」
ロック画面で止まっているスマートフォンをブンブンと振る奏人。面白そうにその姿を眺めていれば少女が手を伸ばした。
「こうだね」
画面をポンポンとタップすればロックが解かれた。
「すごい!!なんで分かったんですか!?」
すごい!すごい!とはしゃぎ、興味津々に少女を見る姿は子供そのもの。少女はフフッと笑みをこぼした。
「貴方を連れてきた女性が、服を着替えさせるときにでも適当に置いたんだろう。見たところロックがかかってたし、女性が考えそうなパスワードを入力しただけだよ」
大抵、誕生日かなにかだろうと予想したが、それよりももっと簡単だった事に少女は苦笑する。
「どんなぱすわーどですか!?どうやったら思いつくんですか!?」
教えて教えてと迫る奏人に少し考えた。
「4月30日がなんの日か知ってる?」
そう問えば意外にも知っていたらしい。
「お祭りの日です!!」
自慢気にそういう姿に感心しながらも少女が補足した。
「ワルプルギスの夜。魔女たちの元へ集うお祭りだよ。16年前までは魔女たちが集って酒を飲み交わしていたらしいけど、以降は教徒達が各々信仰する魔女の元へ集う日になってるんだよ」
「だから、その日は全国各地でお祭りをするんだよ」といえば納得した様子。
「魔女の日なんて呼ばれたりすることもあるんだけど、どうやら私はその日に生まれたらしくてね。彼女のコレのパスワードは私の誕生日だった」
そう言いながらスマートフォンをブラブラと揺らす。「魔女様は流石ですね!」と本気で言っている奏人にむず痒い気持ちが芽生え「でしょ」と軽く返した。
「彼女が使ってたコレが相当な旧型でよかったよ」
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