孤城のアトリエ

第45話:変わる者

「魔女様が魔法の暴走により炎が落ち着かないのです。創造神様に選ばれた貴方なら、きっと魔女様の危機を救うことができるでしょう」

　ある時、熱を出した弟の世話をしていれば、家に押しかけてきた司教にそういわれた。俺にとって最も守らなければいけないものは弟たち。だから、断ろうと口を開く。

「ご両親はさぞ誇らしいことです」

　しかし、司教のその言葉で口を噤む。俺は、父や母にとって...誇らしいんだ。まるでその言葉は呪いのようだった。貧しい生活に弱音一つ吐かずに俺を育ててくれた両親が、俺を誇らしいといってくれること以上に嬉しいことはなかった。

　その日、俺は弟を置いて魔女の元へいった。一晩中、血の繋がった弟ではなく...ただの他人である魔女の炎を鎮め続けた。

　その功績が称えられ、俺は司教のそば付きになっていた。まだ幼い魔女が暴走したときには制御するコマとして使われ続けた。それが分かっていても、俺を誇らしいと褒め称え続ける両親を見て耐え続け十年だ。

「君もそろそろ、守り人（もりびと）になってもいい頃だね」

司教にそういわれたとき、嬉しさのあまり手が震えた。フクロウには大司教、司教、司祭、そして守り人と呼ばれる六人の老人、一番下に教徒と階級が分けられていた。守り人は、魔女がまだ幼かったことから作られた階級で、四六時中魔女を監視し教育と拘束を行う役職。当然階級が上がり当初夢見ていた贅沢も可能になる。やっと...親孝行ができると思っていた矢先の出来事だった。

「おい、聞いたか？司教様と守り人様方が全員やられたらしい」

「全員！？守り人様といえば、魔法使いの精鋭じゃない！！」

　すべての努力が消し飛んだ。搾取され続けた人生が報われると思っていたのに、全てなくなった。程なくして、菜摘と名乗るホームレスだった男が押しかけてきた。そして司教や守り人はもちろん、歯向かう教徒は全員屋敷から叩き出した。

　世渡りは上手い方だと思っていた。和哉や硝子に合わせて当たり障りない会話をした。

（ー立派な魔女になります。みんなが私を信じてついてこられるように、がんばります。よろしくお願いします！）

　まるでマリオネットのように、操られることでしか生きられない女の子だった。俺よりずっと惨めでどうしょうもない人生を送っている子だと思っていた。なのに...いつの間にか笑うようにもなった。自分の意志で発言するようにもなった。

　そんな姿を見て、途端に自分自身が惨めで...どうしょうもないことに気づいた。今まで教団に注ぎ込んだ時間も、金も、家族さえももう...どうしょうもないのに。今更、教団を立て直すなんていわれても受け入れられなかった。

　自分や家族以外の人間がどんどん幸せになっていく姿に耐えられなかったんだ。

（ー知ってましたよ！俺達みたいな教徒がどれだけ搾取されようと魔女様はいつも惨めな姿だった！！いつも同じ白いワンピースを着て、帰ってくるときには真っ赤。食事なんて名ばかりの質素なもの！お付きなしでは外も出られず死んだような目をしてただ生きていた！）

　妬ましかった。俺以上に不幸な魔女が俺よりもどんどん幸せになっていく。守り人じゃなくても世話を焼いてくれる大人が増えていった。今までの俺の人生に目を向ければ、嫌でも分かってしまう。

　親に認められたかった。誇らしいといってほしかった。家族の自慢でありたかった。そして...自分たち家族の尊厳を守るためにも教団という後ろ盾が欲しかった。

　俺はそんなことのために、教団に入り...家族も引きずり込んだ。大切だったはずの家族はもうバラバラで元には戻らない。

（ーあぁ〜！もう！分かった！！分かったよ！俺がやるから！）

　洗濯の時に、魔女が辺りを燃やした。炎で洗濯物を乾かそうなんて馬鹿なことを考えたからだ。馬鹿すぎて呆れた。でも...ヤケになりながらもそういって炎を消そうとした時の俺は...内心楽しかった。

　あまりの馬鹿さ加減に笑ってしまったのかもしれない。でも、間違いなく楽しかった。司教のそば付きをした十年は、一度も楽しいなんて思ったことはなかったし、笑ったこともなかったのに。

　よく笑うようになった魔女の側にいると、自然に笑みが溢れるようになった。その優しさも、慈悲深さも、幼ささえも全てが眩しく写った。

　もっと、早く...今のひより様に出会いたかった...

　そんなことを今更思ったって、仕方がないのに...思わずにはいられなかった。