第44話:搾取される者
小林隼人。それが俺の名前。
しっかり者の母と、ひょうきんな性格の父の間に、小林家長男として生まれた。
父は自営業で大工をしていたが、俺が九歳のときの事だ。木材の下敷きになり下半身不随。車椅子生活が始まった。
七個下と八個下に弟が二人いたから、母はバイトを掛け持ちし、父は知り合いに頼み込み車椅子でもこなせる仕事を紹介してもらうようになった。
元から裕福ではなかったから、その頃からガスや電気、水道が止まることはよくあった。水に関しては近くの公園に汲みに行くようになり、そこから何年も止まったままの生活だった。
中学に上がった頃の事。蚊取り線香についていた火が、新聞紙に燃え移った事があった。
「
まだ幼い八つ下の弟が燃え上がる火の側にいて、母が声を荒げた。
俺がどうにかしないと!!
そう自身を鼓舞して火に手を伸ばしたとき。ボッと音を立てて火が消えた。
「隼人が...やったの...?」
燃え広がっていたことから、偶然消えるようなものじゃなかった。俺が消した。そう思いながら手の平を見ていた。
「裕馬!!」
火傷を負った弟を急いで連れて、母は病院へ走った。
しかし、病院は多くの場合、教団のテリトリーだった。反魔女や他の教団との争いによる負傷者を怪我の度合い関係なく最優先として治療に当たるのが当たり前。どこの教団にも属しておらず、地位もない一般市民が治療を求められるような場所ではなかった。仮に受けられたとしても、無償で治療を要求する教団のせいで経営がひっ迫する病院によって、高額な治療費を請求される。
地獄のような社会システム。頭のおかしい奴らの掃き溜め。社会に絶望しかなかった。幼い弟が痛い痛いと泣いたところで、医者や看護師の一人も振り返りはしない。
「っ!!その子は?」
誰も相手にしてくれない病院で、唯一声をかけてきたのは、まだ若い男。二十代前半といったところだった。
「火傷を負ってしまって!!お願いです!どうか、治療を!!」
泣きながら懇願する母を初めて見た。しっかりしていて、どんなときでも俺達の前で泣くことのなかった母が初めて見せた涙に、胸が締め付けられた。
「早くしろ!急患だ!!」
他の医者にそういわれ、男は迷わず裕馬に手を伸ばした。
「もう大丈夫。我慢できて偉かった!君はきっと、将来すごい人になるよ!!」
「出世払いでいいからね!ビックな男になったらおいで!」とニコニコと満面の笑みを浮かべて手を振る男。男はすぐさま他の医者に呼ばれた方へ走っていった。
裕馬を見ればケロッとしており、火傷なんて最初からなかったように、大きくあったはずの火傷跡はなくなっていた。
「隼人、ありがとう」
「兄ちゃん、ありがと!」
家に帰ってからというもの。母や兄弟、帰宅した父から何度もお礼をいわれた。何事かと思って問えば口々に「裕馬を火から守ってくれてありがとう」と返された。守れてもいないのに、と悔しい気持ちもある反面...ただ嬉しかった。
「天命を享受しなさい」
下校途中の事だった。沢山の白服の大人に囲まれていたのは弟たちと同じくらいの歳に見える女の子だった。
こっそり隠れて覗けば、魔法で人を焼いていた。そしてその姿を見て白服の大人たちは「すばらしい!!」と口を揃えて手を叩いていた。怪しげで、不気味で、でも今しかないと思った。
「俺、魔法使えます!火を消せます!必ずお役に立てると思うので、俺を入信させてください!!」
無我夢中で走った。女の子はどう見ても普通じゃない。あれは、あれこそが...魔女だと直感がいった。じゃあ、周りの大人は教団の人間だ。そう思ったのだ。
そこからはトントン拍子で事が進み、俺は叡智の魔女を信仰し、ここらでは大きな組織である教団...フクロウへと加入した。
「隼人、すごいじゃない!」
「本当にすごいな!流石俺の息子だ!」
教団へ入るのは簡単なことではない。魔法が使える人間や社会的地位の高い人間、あるいは強い信仰心と高い収入のある人間など限られた人々しか入る事ができないというのが一般的な教団だった。
我が家は熱心ではなかったが、世間と同等程度、創造神や魔女を信仰していた。故に、俺を誇らしいといってくれる両親の姿を見るのがただ嬉しかった。
この日を境に、魔女という存在を信仰していたのから、叡智の魔女という一人を信仰し始めた。程なくして、高い費用を払って父と母も教団へと加入した。
しかし、当初想像していた教団とは違った。魔法が使える人間や、社会的地位と収入のあるエリート集団であるはずの教団は、万人を受け入れる代わりに万人を搾取していた。
壺や数珠を高額な値段で買わされては、遠くに住む親族へと教団の勧誘へ赴く。そしてまた教徒を増やしては搾取し、上の者たちが美味しい思いをするのだ。
大昔は公務員が安定で誇らしい職業とされていた時代があったように、今の時代は魔女に仕え、魔女の側にいることが最も誇らしく名誉ある仕事とされていた。だから、加入したのに...実際は、自身の首を絞めるばかりでなんの恩恵も受けられなかった。
急いで教団を出ないと...。そう思ったときには、母と父がどっぷりと魔女を信仰していた。働いた金は全て貢ぐ。生活が困窮し俺は中学を退学。まだ幼い弟たちを養わないといけないとバイトも始めた。
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