いや、怖いとは少し違うのかもしれない。惜しい。ただ惜しかった。こんなに楽しい今で、これからも楽しくなりそうな中、死んでしまうなんて...。それはきっと、私が命を刈り取ってきた人々も同じことを考えていたはずだった。

「紅玉の魔女を知ってるか？」

　唐突にそう問われ、首を横に振った。

「お前と同じ、炎の魔法を得意とする女だ。適当でどうしようもないお人好しだが、お前よりずっと巧みに炎を操っていた。この装備が変形するほどの火力でな」

　名前にしか聞いたことのない魔女の話に驚いた。私の炎では変形一つしていない菜摘の装備を見る。魔女の中でもそこそこやっていけるくらいには強いんじゃないかと思っていた。でも...全然足りない。そう思えば途端に恥ずかしい。

「うッ！！」

　菜摘が、戦意を喪失したようなひよりの首を掴む。辺りの炎は消え失せ、ひよりの瞳にはゆらゆらと揺れる恐怖の色。

「もっと燃やせ！！教団立て直すっていったら、そんな力じゃ足りねえぞ！！」

　そう怒鳴られビクリと肩を揺らす。

「お前が目を背けてる間に、お前の力じゃどうにもなんねえくらいデカくなってるんだよ！！中途半端な気持ちならやめろ！お前じゃ役不足だ！」

　役不足。その言葉は矢のように突き刺さる。掴まれた首が閉まるよりも、死ぬことへの恐怖よりも、ずっと痛かった。痛くて痛くて、苦しい。何かがプツリと切れるように、ひよりは声を荒げた。

「私のものじゃない。私は知らない。だって、私が作ったものじゃないもん！！周りがみんな、勝手に作って、勝手に崇めて、勝手に暴走してる。私は関係ない！！そうずっと思ってた。今も思ってる！なんで私が尻拭いをするんだって、今もずっと思っている！」

「おかしいよ...」そう涙いっぱいに叫ぶ。何もかもがおかしい。世界だけじゃない、私もおかしいんだ。みんなもおかしい。そう叫べば最後、戻れないことを知っていながらも、叫ぶしかなかった。

「そうだ。お前は何も間違ってない。例えお前が魔女でも、周りに立派な大人がいればよかった。普通とはいかなくても、お前なりの幸せがあったはずだ」

　首を掴んでいた菜摘の手は頬に添えられた。その顔は、人を殺そうとしている人間とは思えないほどに、悲しくつらそうな表情をしていた。

「今からでも遅くない。教団を手放せばいい。直哉は本気でお前を救おうとしてる。もう、教団を手放せるチャンスは二度と来ないんだぞ？自由になれるチャンスはない。それで...いいのか？」

　自由になれる最後のチャンス。常識には疎いひよりですら知っている。ひよりと同じくらいの子供たちは学校に行く。色々なことを学び、友達を作る。純粋に羨ましかった。いつか、そんなふうに普通の生活がしたかった。お付きがいなくても自由に外を歩いて、毎日ヘトヘトになるまで遊びたかった。

　今、教団を渡してしまえば、ひよりは自由になれる。自由の二文字にこれほど現実味が帯び、心躍るのだ。でも...何故か惜しい。今、手放せば自由にはなれても、後悔する気がした。その後悔は、その惜しさは一体、何に対してなのかは分からなかった。

「自由に、なるよ」

　ひよりのその言葉に目を見開く。

「教団を変えられる力がないなら、私が変わるんだ。だって、みんなは私を信じてついてきてくれたんでしょ？なら...一緒に変われるはずだよ」

　硝子や隼人、和哉。私利私欲のためではなく、真っ直ぐにひよりを見る目を知った。教徒の中にはいるはずだ。ただ、真っ直ぐに私を信じてくれている人たちが。そう思えた。

「だから、教団はあげないよ」と菜摘の手を払う。後ろへ飛び退けば矢を射るような動作をした。

　泰人は私の鎖を断ち切った。呪いのようにジクジクと体を締め付ける司教達の呪縛を解いてくれた。

（ー僕が側にいます）

　その言葉を、今度こそ信じるんだ。大丈夫、環境は整ってる。あとは私が...変わる番だ。

「穿て！！」

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