　睨み合い距離を取る。すると、カシャンと金属音。ナイフにしては随分と大きい刃物をひよりに向ける菜摘の姿があった。

「手加減すれば、屋敷の奴らも殺すからな」

　そう釘を刺され、ひよりも手を伸ばした。当たり前だとでもいうように強く頷く。

　しばらく沈黙が続けば、どこからか聞こえた子供の声を皮切りに、双方地面を蹴った。

　自身の方へ突っ込んで来るひよりの姿に内心驚く。魔法を使う人間がわざわざ自分から間合いを詰められに来ることに、菜摘は警戒した。

「地を這へ」

　ひよりは、小刻みに向けられる攻撃を避けながら、言葉と共に握った手をパッと開く。しかし、地面に広がっていく炎に動揺もせず菜摘は正確に刃を向け続けた。

「噂にしか聞いたことなかった。それが理想郷の崩壊と嘆かれた...創造神への冒涜。対魔法を目的に作られた装備」

　猛暑日に全身を覆い尽くすような服に、やけに重そうでゴツいブーツ。炎を浴びたところで燃え移りすらしないのが目に入る。菜摘は来た当初、ボロボロの装いをしていた。しかし、いつの間にか服装は綺麗になっていた。まさかそんな代物だとは思わず、寝首をかかれた気分である。

「その強度なら、腕の一、二本飛ばす気でやっても問題なさそうだね」

　菜摘は「そういうこと」と軽い口調でいうが、その目に驕りはない。辺り一面が炎の海になろうと、その攻撃速度や素早さは鈍らない。むしろ更に俊敏さを増していた。

「魔女の業火に人間の知恵がどこまで通用するか。確かめてあげる」

　その言葉と共に、ひよりは空に手を伸ばす。そしてその手を、まるで糸を繰り寄せるように引いた。

「私が勝つまで出してあげない...閉門」

　閉門。その言葉でガチャンという大きな音ががする。炎の海に沿うように炎の格子が現れ、覆われた。

「お前は勝てない。俺が勝つからな」

　動揺くらいはすると思った。それがひよりの率直な感想だった。これが経験の差。対人間での戦闘経験がないひよりにとっては相手の不意をつけるような行動を起こす事は難しい。

　魔法を使う人間ならある程度、どの規模の魔法が来るかくらいは予想が可能だが、魔法を使う素振りを見せない菜摘相手はとてもやりづらい。魔法を使えるのか使えないのか。どんな攻撃を仕掛けてくるのか。戦いにこれだけのストレスを抱えたのは初めてで、もう終らせてしまおうかという気持ちさえある。しかしそれが罠ではないかと思わせるのだから完全に動けずじまいだった。

「戦いづらいか？」

「っ！！」

　自ら菜摘に近づいた事が仇となる。早い早いとは思っていたが、その攻撃や移動の速度は泰人を相手にしていた時よりも随分遅い。そんな事は知らないひよりは、グッと近くなった菜摘に思わず動揺してしまった。

「戦い慣れしてない魔女はそうだ。そもそもまともに戦闘経験のある魔女は少ない。歯向かうやつなんていないのが殆どで、歯向かわれたところで赤子の手をひねるように殺しておしまい。戦いにすら発展しないもんな」

　初めてだ。ひよりは、初めて誰かに対して命の危険を感じた。泰人の狂ったような姿は確かに怖いと思うことがある。司教達の向ける笑みや振る舞いが怖かった。でも...誰にしたって命を奪われると思ったことはない。

「これが...刈られる側の恐怖...。死ぬことが怖いっていう感情...」