下女が仲間になった!
「お、お食事をお持ちしましたっ!」
そう言って入ってきたのは、先ほどの侍女とは違う格好をした女性だった。
着ている服はボロボロで、使われている布も違うためたぶんこの屋敷の下女なのだろう。
なぜ下女が?
とは思いつつも、痩せ細った彼女は緊張した面持ちで食事を運ぶ。
しかしテーブルに置かれたのはほぼ具のないスープとカチカチのパンだけだった。
「――なに、これ」
「も、申し訳ございませんっ、あの」
あれほどはっきり伝えたのに、あいつらはわからないのかと怒りに顔を歪めた時、そこにいた下女が膝を折り頭を下げた。
「お、お食事はちゃんとしたのを用意されていたのですが……」
「が? なによ?」
「…………その………………侍女長たちが……なにか入れているのを見て…………独断で変えてしまいました! 本当に申し訳ございません!」
がばっと頭を下げた下女を見て、ヘスティアは片眉を上げた。
なにかを入れていたらというのは、決していいものではなかったのだろう。
あれだけ反抗的な目を向けてきた人が、そのあところっと態度を変えるとは思えない。
つまりこの下女はヘスティアのためを思ってやったわけで……。
ちらりとテーブルの上を見て、ゆっくりと首を傾げた。
「これ、どこから持ってきたの? あの侍女長が許すと思えないんだけど」
「あの……、申し訳ございません。これは私の食事です。奥様がお腹を空かせていらっしゃるだろうと」
「…………」
つまり彼女は自分の食事をヘスティアに明け渡したということか。
どうしてそこまでするのかと思いつつも、上から見下す形で下女をジロジロと見る。
こんな粗末な食事ばかりしていては、こうなってしまえるのも頷けるほどの細さだ。
ヘスティアはがしがしと後頭部をかくと、震えて許しを請う彼女の腕を掴んで無理矢理立たせた。
「ついてきなさい!」
「へぇ!? お、奥様っ、本当に申し訳ございません!」
「厨房! どっち!?」
「へぇぇ!? あ、あちらです!」
戸惑いながらも案内する下女の指示のもと、屋敷の厨房へと向かう。
勢いそのままドアを蹴り破れば、中にいた厨房の人たちがたいそう驚いていた。
そんな中にはあの侍女長もいて、ヘスティアは腕を組んでジロジロと中を物色する。
「な、一体なんの騒ぎですか!?」
「なぜここに……おい、一体なにをっ」
適当にそばにあったバスケットに、パンや果物を詰め込んでいく。
ついでにジャムやバターも入れていると、侍女長とコックの格好をした偉そうな男が近づいてきた。
「なにをなさっているのですか!? そんな、はしたないことを……っ!」
「それはご主人様の昼食用のパンだぞ!?」
「あらそうなの。ここのご主人様はずいぶんいいパンを食べてるのね」
「当たり前でしょう! ご主人様はこの国の勇者様なのですよ!?」
ふわふわのいい香りのするパンに、傷一つない瑞々しそうな果物。
ジャムやバターは一級品で、ここを見ただけでもこの屋敷の経済状況が見てとれた。
……だというのに。
「ならなんで女主人である私の食事があんなに見窄らしいのかしら?」
「――…………そ、それはっ」
周りの雰囲気や着ているものから、今目の前にいる男が料理長なのだろう。
本来ならばこの男が指示し、ヘスティアの食事を作っているはずだ。
つまりあの質素な食事を出したのはこの男というわけで、それを考慮して思い切り睨みつけてやった。
「文句があるならあなたたちのご主人様に言いなさい。あなたの奥方が追い剥ぎのように食料を奪っていったってね」
最後に赤々としたリンゴをバスケットに詰め込むと、入り口で呆然としている下女の腕を掴んだ。
さっさと元の部屋へと戻ると、テーブルの上にバスケットの中身をぶちまける。
「座りなさい」
「は、はいっ!」
床に膝をつこうとするのを無理矢理椅子に座らせて、テーブルをどんっと叩いた。
びくっと体を震わせる下女を見つつ、とりあえずとバスケットを鷲掴みにする。
「あなた、私付きの侍女になりなさい」
「へ!? む、無理です! 私奥様のお付きになれる身分ではないです!」
「知ったこっちゃないわよ。私がやれって言ったらやるのよ」
勢いそのまま持っていたバケットを下女へと押し付ける。
突然渡されたパンを大切そうに抱えつつ目を白黒させている彼女を尻目に、もう一本のバケットを手にとった。
「食べなさい。これから私のそばにいるのにそんな見窄らしい格好でいないで。太りなさい」
これもこれもと、りんごやオレンジ、バターを差し出せば、下女は慌てて手を振った。
「む、無理です! こんなに食べられませんっ」
「今すぐ食べろなんて言ってないわよ。無理に食べても体に悪いだけでしょ。今食べれるだけ食べて、あとは持って帰りなさい」
「ですがこんなに……」
「明日は明日でまた奪ってくるわよ。いいわね? たくさん食べなさい。今まで食べれなかった分、お腹いっぱいになりなさい」
適当にとってきていたジャムをパンの端っこにつけて、そのままかぶりついた。
本当はコーヒーとか、それこそスープが欲しかったが贅沢は言えない。
いや本当なら贅沢くらい言ってもいいはずなのだが……とここにはいない侍女長や料理長を思い出し力の限りパンを噛みちぎった。
絶対に見返してやる……と意気込んでいると、そんなヘスティアをメイドが不思議そうに見つめてくる。
「…………奥様はどうして、私なんかによくしてくださるんですか?」
「………………はぁ? よくなんてしてないわよ。そばにいるのがあなたみたいにボロボロの子じゃ、私がケチみたいに思われるじゃない! だから自分のためよ」
勘違いしないで、といいつつもう一度パンにかぶりつけばなぜか下女に笑われる。
失礼なやつだと睨みつければ、彼女は慌てて口を手で塞いだ。
「…………」
「……………………気にしてないから食べなさい」
「――はい!」
今度こそパンを口に運んだ様子に安心し、己の食事に集中することにした。
先程はジャムだったから次はバターにしようと、塗りたくり口いっぱいにかぶりついの時だ。
コンコンとノック音がして、すぐに部屋の扉が開かれた。
「失礼。昨夜のことを謝りに…………」
「………………」
これが、夫となったアルフォンスとの二度目の逢瀬であった。
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