駄々をこねる
「…………まあまあね」
「それはよかった」
出された食事を食べつつそんな感想を述べれば、同じく前でパンをちぎっていたアルフォンスが返事をした。
まあまあだって言ってるのにそれはよかったって返しおかしくないか? と見つめれば、彼はただ笑うだけだ。
「……なんでこの部屋で一緒に食べるのよ」
「夫婦なんだから一緒に食事するのは普通だと思うけど?」
「…………夫婦ねぇ」
よそに好きな女がいるのにそんなことを言うのか。
いや、その好きな女が紆余曲折してヘスティアなのは知っているのだが、彼は知らないのだから即ちヘスティアではなく……。
なんかもうわけがわからないと、ヘスティアは考えを放棄した。
ちらりと足元へ視線を向ければ、にゃんこが口元どころか手や耳までミルクで汚している。
「飲み方下手ね。この子の顔、拭いてあげて」
「――か、かしこまりました……っ」
びくびくしながらもにゃんこの体をタオルで拭く侍女長を、ヘスティアはじっと見つめる。
にゃんこは体を触られて嫌そうな顔を一切していないし、むしろ気持ちよさそうにしているから、彼女を害することはないはずだ。
だがそれがわからない侍女長にとっては恐怖でしかないのだろう。
それをヘスティアから説明したところで、彼女自身が納得しない限り、あの恐怖心が消えることはないだろう。
しばらくは様子見をしつつ、一人と一匹が自然に距離を縮めていくより他にない。
まあ頑張りなさいと心の中で激励を送っていると、そんなヘスティアを見てアルフォンスがニコニコ笑っている。
「…………なによ」
「ううん。なんでもない」
絶対なんでもなくないのに。
なんなのだとに微笑むアルフォンスを怪訝そうに見ると、そんな視線を物ともせず紅茶を一口喉へと流す。
「そういえばにゃんこの件だけど、やっぱり魔物商人がいるようだ」
「でしょうね。子供のキューマが一人で人間の前に出てくることなんてないもの」
「そうなんですか?」
「今はこんな警戒心のかけらもないけど、普段はそうじゃないのよ? 特に出産したばっかりのキューマの親は、下手したら人間なんて噛み殺すわ」
子供の時ですら本来ならもう少しは警戒するものなのに。
ヘスティアの足元でごろごろと寝転ぶにゃんこを見て、盛大にため息をついた。
「花嫁様のそばが安心するんだよ」
「その呼び方やめて。……親がいるなら親元に返したほうがいいわ。捕まえられそうなの?」
「俺が直接行くから、大丈夫だと思うよ」
まさかの勇者が直々に向かおうとするとは。
別にそこまでしなくてもいいのにと止めようとするが、彼はヘスティアよりも早く口を開いた。
「花嫁様の可愛いにゃんこのためだ。夫の俺が行かないでどうするの」
伸ばされた手がさらりと髪に触れる。
頰に張り付いていたらしい髪を耳元にかけられて、ヘスティアは溜まらず立ち上がり後ずさった。
「――き、急に触らないで!」
「……宣言したらいいの?」
「そういう意味じゃない!」
触られた部分の髪を撫で付けながら、ついでと毛先をくるくる指に巻き付ける。
絶対に赤くなっているであろう頬を見られたくなくて顔を背けるが、ヘスティアは気づいていない。
ほんのり尖った耳の先まで、熱を帯びていることに。
「――かわいいね、花嫁様」
「…………もういい。それで、いつ行くの?」
「夜には向かう予定だよ。禁止になっていることをしている奴らだ。探っていることを勘繰られたら逃げられちゃうからね」
「…………ふーん」
ひとまず顔の熱は落ち着いたと、赤く艶やかなりんごにかぶりつきつつ、ヘスティアは軽く足を組んだ。
にゃんこの親が見つかるならそれに越したことはない。
さっさと親元に帰れたほうがこの子のためだろうと足元を見れば、にゃんこと目が合う。
目尻を下げて尻尾をぶんぶん振るその姿を見て、ヘスティアはぐっと己の胸元を抑えた。
別に可愛いなんて思ってないと心の中で何度も呟きながら、視線をアルフォンスへと向ける。
「私も行くわ」
「………………どこに?」
「その魔物商人のところ」
アルフォンスの目が大きく開くと、勢いよく立ち上がった。
「ダメだ! 危ないよ!」
「…………あのねぇ。あなた私をそこらへんのか弱い人間の娘かなにかだと思ってる? 私はあの魔王の娘よ? 人間の魔物商人如きにどうにかできる存在じゃないわ」
実際ヘスティアは魔界でも上位に入る魔力量を持っている。
そんな存在が人間如きにどうこうできるわけがない。
だから一緒に行くと言っているのに、なぜかアルフォンスは首を縦に振らなかった。
「ダメ。好き好んで自分の花嫁を危険なところに向かわせる勇者がどこにいるの?」
「この世界で勇者はあなただけでしょ」
「なら俺は嫌だから向かわせません」
腕をクロスにして首を横に振り続けるアルフォンスに、ヘスティアはむっと唇をへの字に曲げた。
危険じゃないと伝えているのになぜわからないのだ。
そっちがそのつもりならもう知らないと、彼から顔を背けた。
「なら勝手に向かうわ。あなたを追いかけていくことなんて造作もないもの。私は空を飛べるからね」
「――…………そうだった」
最悪だ、と額を抑えるアルフォンスを横目で見つつ、ヘスティアはべっと舌を出す。
一応心配してくれているらしいが、そんなの不要だ。
絶対に諦めないと姿勢で訴え続けること数十分後、渋々アルフォンスは許可を出したのだった。
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