勇者パーティー

 夜空には分厚い雲がかかっている。

 雨は降らないだろうけれど、雲の切間からたまに月が顔を出す程度で、明かりがなければ外も歩けないだろう。

 そんな日に魔物商への潜入ができるなんて、天が味方しているとしか思えない。

 そんな祝福されているであろう勇者邸にて、ヘスティアは腕を組んで凄んでいた。


「…………」


「………………」


「……………………」


 重い。

 空気が重い。

 周りで準備をしている使用人たちが、息を飲んでその様子を眺めている。

 これから魔物商を潰しに行くというのにこれで大丈夫なのだろうかと、当人であるヘスティアですら思う。

 だがしかし、どうしてもこの圧を止めるわけにはいかない。

 なぜなら今目の前には、あの勇者パーティーがいるからだ。


「…………」


「………………」


「集まったね。ヘスティア、紹介するね。この三人が俺と一緒に戦ったパーティー。右から弓使いクレア、格闘家ルナ、魔法使いエリーだよ。みんなとっても優秀なんだ」


「………………」


 そう、名前から分かる通り、この勇者パーティー全て女性なのである。

 しかもだ。

 ヘスティアは風の噂で知っている。

 彼女たちが皆、勇者アルフォンスに恋をしていることを。


「――! 優秀とか……当たり前のこと言うなよな!」


「我々は勇者アルフォンスと共に旅ができたから、今の力があるのです」


「…………す、全てアルフォンス様のおかげです」

 

 頰を赤らめてアルフォンスを見つめる姿に、ヘスティアの女としての勘が冴える。

 噂は本当だったのだ。

 なおのこと眉間の皺が深くなったヘスティアは、近づいてくるアルフォンスと逆の方に顔を背けた。


「こちらはみんな知ってるだろうけど、俺の花嫁ヘスティア。魔王の娘だよ」


「…………」


「………………」


 空気がさらに悪くなった。

 お互いに無言を貫きしばしの沈黙。

 それを破ったのはアルフォンスだった。


「それじゃあ向かおうか。馬車用意したから乗ってきてね」


「――馬車? …………あなたはどうするのよ」


「俺? 俺は馬に乗るよ」


「…………馬」


 ちらりとそばにある馬車を見る。

 そういえば結婚式の後にもあれに乗せられたな、と過去のことを思い出す。

 魔界ではこういったものは存在していない。

 これなら馬の方がまだいいんだが……と思っていると勇者一行が馬に跨った。


「ヘスティア? 乗らないの?」


「早くしなさいよ」


「足手まといにならないでください」


「……お、遅いです」


 カチンときても仕方ないだろう。

 額に筋を浮き上がらせながら、ヘスティアは足を早めて進む。


「――え」


「それに乗るわ。手を貸して」


 アルフォンスに手を差し出せば、きょとんとされる。

 馬車なんて乗り物自体好きじゃないし、そもそもそんなものに乗っていては他の女たちに牽制できない。

 好きじゃないのだ。

 自分のものに擦り寄られるのは。


「え、馬に乗るの?」


「そうよ。手」


 折れないとわかったらしい。

 差し出された手を握られて、引っ張られるがままアルフォンスの腕の中に入る。

 そのまま彼に背を預けつつ馬に跨がれば、あっという間に乗ることができた。

 実際魔界でも移動用の魔物に乗ることはある。

 なので姿勢などはなんら問題ないだろう。


「よし、行きましょ」


「……馬車は?」


「あれ嫌いなのよ。魔界であんなの乗ったことないし。不満なら飛んでくけど?」


「このまま行こう」


 まあ人間界で飛んでる存在は確かに目立つだろう。

 けれど別にヘスティア自身はどんな目で見られようとも気にならないのだけれど、と動き出した馬の上で思う。

 まあなんだかんだうまくいったなと腕を組みながら体を少しだけ後ろに倒して、ヘスティアはピタッと動きを止めた。


「――」


「大丈夫? 不安ならもっと寄りかかってもいいよ?」


 背中に感じる温度。

 ふわりと明らかに自分のものではない香りが鼻口をくすぐり、ヘスティアは慌てて背筋を伸ばした。


「? 今みたいに寄りかかってていいよ?」


「だ、だだだ大丈夫! 私を馬鹿にしないで。馬程度、乗りこなせるわ!」


「乗りこなすこなさいじゃなくて、寄りかかってたほうが楽じゃない?」


「い、いい! これでいい!」


 お願いだからこれ以上喋るなと、左耳にかかる吐息に顔をかっと赤らめる。

 最悪だ。

 こんなトラップを仕込まれていたなんて。

 これならまだ馬車に乗っていた方がよかったかもしれない。

 あわあわとし始めるヘスティアの後ろで首を傾げるアレックスの隣に、先ほど格闘家だと紹介されたルナが寄ってくる。


「ずいぶん箱入りなお嬢様なんだな。そんなことで赤面してるなんて、この先アルフォンスとの結婚生活なんて続けられるのか?」


「……赤面?」


 小首をかしげるアルフォンスをよそに、ヘスティアは一瞬で表情と顔色を通常へと戻す。

 そうだった。

 ここにきたのには、ちゃんと理由があったのだ。

 くるりと顔をルナへと向けると、彼の申し出通りに体を預けその逞しい腕からひょっこり顔を出し彼女を見た。


「箱入り娘で結構。あなたたちよりはずっと強いし、夫婦間のことに首つっこんでこないでもらえる? 他人さん」


「――!」


 ぴしり、と空気が凍る。

 ヘスティアとルナ、そして他の勇者パーティーたちも、瞳に力を込めて互いを見つめ合う。

 いや、これはもう睨み合っていると言ったほうがいいはずだ。

 そんな空気の中、アルフォンスだけは首を伸ばしヘスティアの顔を覗き込もうとしていた。


「赤面してたの?」


「してない」

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