侍女長へ罰を!

「……ま、……お……さま、…………奥様!」


「――!」


 バチッと目を覚ませば、起こしにきたらしいララがいた。

 ああ、もう朝かとがしがしと頭をかきながら上半身を上げようとして、やけにお腹が重いことに気がつく。

 なんだ? と腹部へと視線を向ければ、そこには真っ白な毛玉が一つ。


「…………こいつ」


「にゃんこ奥様に懐いてますねぇ」


 カーテンを開きながらニコニコしているララになんとも言えない顔をしつつも、人のお腹の上で丸まって寝ているにゃんこの首根っこを掴んだ。


「おまえ、私が用意した寝床が気に入らないとでもいうわけ?」


「んなぅ?」


「どちらかといえば、奥様が好きで離れたくないって感じじゃないですかね? そばが落ち着くんですよ」


「私のお気に入りのハンカチあげたのに……」


 むすっとしながらもにゃんこをベッドに置いて、立ち上がりララに手伝われながら身支度をすませる。

 朝食の準備をしにララが出ていき、部屋には起きたばかりのにゃんこと椅子に座って外を見ているヘスティアだけが残った。


「……なーぅ」


「ちゃんと起きたの? お前の寝床こっちなんだけど」


 なにやらむにむに言っているようだけれど完全寝起きだからか、歩いては転がり歩いては転がりを繰り返している。

 これは危ないと立ち上がるとベッドへと向かい、にゃんこを腕に抱えた。


「お前、そんなんじゃ野生に帰れないわよ」


「んに?」


「んに? じゃないわよ」


 このやろうと頭を撫でれば、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 そういうところだぞと文句を言っていると、軽くノックをしてからアルフォンスが入ってきた。

 彼はヘスティアの腕に抱かれているニャンコを見て穏やかに笑う。


「おはよう。朝から仲良しだね」


「違うわよ。今この子に世間の厳しさってやつを教え込もうと……」


「それよりほら、ご飯持ってきたよ」


「…………ご飯?」


 ちらりと彼の後ろを見れば、料理を運んでくる侍女長の姿があった。

 どういう風の吹き回しだと見ていれば、侍女長はヘスティアの前に食事を置いていく。


「…………ララ」


「大丈夫だよ。俺も一緒に食べるから」


 きっと調理過程を見ていたであろうララに確認を取ろうとすれば、それよりも早くアルフォンスから声がかかった。

 本当に大丈夫なのかと侍女長に視線を向ければ、大きく肩を揺らしつつもこちらを真っ直ぐ見てくる。


「……その節は助けていただき、ありがとうございました」


「あなたを助けてはいないわ」


「…………それでも、命を救っていただいたことに代わりはございません。今までのご無礼をお許しください」


「………………」


 普通ならお許しくださいで許されるはずがない。

 ヘスティアの食事になにかを入れていたとララが言っていた。

 普通に罪に問われるものであるし、本来ならば職を剥奪してもおかしくはないのだ。

 まあそれがわかっているからこそ、侍女長も頭を下げているのだろう。


「…………嫌よ。わかってる? お前のしたことは罰せられるものなのよ」


「承知しております。罰は謹んでお受け致します」


「ふーん?」


 罰を受けるつもりならばまあいいかと足を組む。

 本来ならば多少減刑したとしても鞭打ちが妥当だろう。

 とはいえそれでは面白味がない。

 どうしてやろうかと悩んでいると、腕の中で大人しくしていたにゃんこが動き出した。


「どうしたの?」


 ひょいと腕から抜けると、とてとてと歩いて侍女長の前まで向かう。

 地面にちょこんと座り込むと、にゃーんと一鳴きした。


「――ひっ!」


 それに過度に反応したのは侍女長だ。

 どうやらにゃんこのことが怖いらしい。

 あんなに小さくて可愛らしいのに何故だ、と首を傾げかけて閃いた。

 そういえば襲われていたな、と。

 ヘスティアからすればにゃんこに襲われても痛くも痒くもないが、彼女は幻影で巨大な魔物に見えていたのだ。

 流石に普通の人間には恐ろしいものかと納得したと同時にふと思いつく。


「決めたわ。あなたへの罰」


「…………はい。なんなりと」


 椅子から立ち上がると歩き出し、床で毛繕いをしていたにゃんこをひょいと持ち上げる。

 先ほどよりも顔に近くなり驚いたのか、二歩ほど下がった彼女ににっこりと微笑みを浮かべた。


「あなた、今日からこの子の世話役ね」


「――………………へ?」


 ぽかんとした表情から、もっと残虐な罰を与えられると思っていたことが伺えた。

 確かに魔族には人間をいじめて喜ぶ者もいるが、ヘスティアはそんな小さなことをするつもりはない。

 ただ罰を与えたいだけなので、にゃんこを彼女の胸に押し付けた。


「ほら、起きたばかりだからまずはミルクをあげて。牛の乳で平気だから」


「ひっ――」


 小さく悲鳴を上げつつもにゃんこを落とすことなく、抱きしめているのには拍手を送りたい。

 仮にも魔族なのでこのくらいの高さから落ちても、なんのダメージもないだろうけれど。

 本当に謝罪の気持ちを持っているんだろうなと思いつつ、もう一度椅子へと腰を下ろした。


「それが終わったら外に出してあげて。遠くへは行かないだろうけれど、あまり目を離してはダメよ? 紐とかで遊んであげると喜ぶわよ」


「おっ、奥様っ、」


「ほら、早く」


 にっこり微笑んだヘスティアに、なぜかにゃんこが嬉しそうに返事をしたのだった。

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