第二章
理不尽を認めない
ガタゴトガタゴト。
座る椅子が音を立てて揺れる。
そのなんとも言えない座り心地の悪さが、ヘスティアが馬車を苦手とする所以の一つであった。
できるなら飛びたい。
そのほうが目的地に一瞬でつけるからだ。
それがダメだというのならまだ馬のほうがマシである。
だがしかし、どうも自分の夫はヘスティアを馬車に乗せたがるのだ。
まだ馬車のほうが安全だからと、周りで護衛するため馬に乗っているであろう夫であり勇者であるアルフォンスのことを想像する。
ずるい、羨ましい、私もそちらに行きたい。
彼の顔を思い出してはそう心の中で呟き続けていたヘスティアの耳に、鈴を転がしたような可愛らしい声が入った。
「アルフォンスは大丈夫でしょうか? 馬でこんなに長距離走るのは疲れるでしょうし、馬車に乗ったらよろしいのに……」
「あなたそれ、あなたを守る騎士の人たちにも言えるの? 馬車にそんな人数乗らないと思うけれど」
「騎士? ヘスティアさんは面白いことを言いますね! 彼らは訓練をしているので大丈夫ですよ。それよりアルフォンスです。彼が疲れてしまっては元も子もないじゃないですか」
「……騎士の人たちが疲れても、元も子もないと思うけれど…………」
この言葉はアリアには届かないらしい。
馬車の中、ヘスティアと対面する形で座るアリアは、窓についたカーテンを少しだけ開けて外の様子を見ている。
どうやら彼女の目にはアルフォンスしか映っていないらしく、ほんのりと頰を高揚させて見つめていた。
「次馬車が止まったら、私たちでアルフォンスに言いましょう。一緒に馬車に乗りましょうって」
「大丈夫よ。あの男ずっと旅をしていたのよ? 馬に乗って数日走るくらいわけないわ」
「そうですけれど、疲れないわけではないじゃないですか。アルフォンスには少しでも有意義な旅にしてもらいたいんです」
そう思うなら好きにすればいいのに、なぜヘスティアを巻き込もうとするのだろうか。
そもそもそんなことを言ったところで、あの男が聞くとは思えない。
うまく交わされてしまうのがオチだろうに、彼女は期待に目を輝かせている。
これはまたいつもの展開だと、ヘスティアは関わらないことにした。
「お好きにどーぞ」
「――ありがとうございます!」
なぜ礼を言われるのかわからないが、もういいと目を閉じる。
同じ馬車で移動し始めて一週間はすぎた。
そろそろ限界も近い。
体力と気力を少しでも温存したいと、ヘスティアはアリアと関わらないことに決めた。
ヘスティアが寝たと思ったのだろう。
アリアが黙り込めば馬車内がしんっと静まり返り、少ししてから馬車がゆっくりと動きを止めた。
「二人とも今日の宿についたよ。体調は大丈夫?」
「大丈夫です! ありがとうございます」
「……」
なんだかんだ上手く宿を見つけているらしく、野宿にはなっていないのが幸運だった。
もしそうなったらヘスティアはアリアと共に、この馬車で一夜を過ごさなくてはならなくなる。
そんなのはごめんだと早々に馬車から降りれば、そこは古びた宿屋の前だった。
木造の二階建て。
一階は食事処も兼ねているのだろう。
がやがやと騒がしい音が外まで聞こえてきていた。
天候次第では雨漏りするだろうなと、ボロボロの屋根を見ながらおもう。
じっと建物を見つめるヘスティアに気づいたのか、アルフォンスがこそっと声をかけてきた。
「ごめんね。こんなところしかなくって……」
王都から離れれば廃れていくのは当たり前だ。
屋根があってベッドで寝れるだけでじゅうぶんだろうと、軽く首を振ったヘスティアの後ろで、同じく馬車から降りてきたアリアが呆然と建物を見上げた。
「……ここ、人が寝泊まりするところなんですか…………?」
「これでも二階建てで一階に食事場があるのでいいほうですよ」
「個室もありそうね」
「とれるといいけど……」
ヘスティアはちらりとアリアの背後に立つ騎士たちを瞳に映す。
数は三人。
皆男性であり若いが立ち居振る舞いから、なかなかの手練れであるとわかる。
その中でもリーダー格のように常にアリアに付き従うのが、リヒトの言っていた凄腕の騎士なのだろう。
薄紫色の髪にそれよりも濃い色の瞳。
ただ立っているだけなのに感じる威圧感に、ヘスティアはすぐに視線を外した。
別にアリアを攻撃したりするつもりもないので、あの男は放っておいていいだろう。
実際彼はこの旅に出てからというもの、一度もヘスティアをその瞳に映したことがない。
まるで彼の中では最初からいない存在として扱われているかのようだ。
まあそれならそれで面倒ごとも少なくていいと、たいして気にしてもいない。
ヘスティアとアルフォンスは共に宿に入ると、すぐに宿主であろう男に声をかけた。
「すまない。部屋をとりたいのだが……できれば三人別々で」
「部屋? あー、今なら二つ空いてるな。一人部屋二つ。あとは大部屋で雑魚寝だ。……あんたら新婚か? それなら特別に毛布くらいは貸してやるが、あんまり騒がしくしないでくれよ」
「――わかった。なら二つとも貸してくれ」
「りょーかい」
宿主が鍵をとりにいっている間に、アルフォンスはアリアの元へ行こうとする。
だかそれを一旦止めた。
「あなた、まさか野宿する気じゃないでしょうね?」
「旅はなれてるよ」
「なら私も野宿するわ」
「なんでそうなるの!?」
驚くアルフォンスを無視してアリアの元へ向かおうとすれば、今度はヘスティアが止められた。
「君と……彼女が泊まるべきだ。俺のことは気にせず」
「あなた私の立場なら気にせずいられる?」
「君は女性だ!」
「あなたの妻よ! どこの世界に夫に野宿させて、平然とベットにいられる妻がいるのよ!?」
そうヘスティアが声を荒げた時だ。
「「おおー!」」
と歓声が上がり拍手が鳴り響く。
なにごとだと周りを見れば、いつのまにか食事をしていた客たちに注目されていたらしい。
ぱちぱちと拍手を送られ、さらには囃し立てるように口笛まで鳴り始めた。
「いい奥さん捕まえて羨ましいね色男!」
「新婚なら二人で一部屋泊まりなー!」
「ラブラブ羨ましいねぇ。……しかしあの男、どっかで見た気が……」
まずい、とヘスティアは戻ってきていた宿主から鍵を奪うようにもらうと、お金を置いてアルフォンスと共に一旦外に出た。
彼が勇者であると知られれば面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。
なのですぐに外に出つつ、ヘスティアは鍵の一つをアルフォンスの胸元へと押し当てた。
「あなたが拒否するのならこの鍵は騎士共に渡すわよ? いいの?」
「――……………………わかったよ」
しぶしぶといった様子でも一応鍵を受けとったアルフォンスに満足し、ヘスティアはアリアの元へと向かう。
勇者一行から話を聞いていた時から決めていたのだ。
この旅で彼が理不尽な目にあわないようにしたい、と。
アルフォンスが野宿をするというのなら共にしてやる。
そのくらいの覚悟できたのだが、このままのペースでいけるならその覚悟も必要なさそうだ。
よかったと心を撫で下ろすヘスティアは気づいていない。
二人同じ部屋で夜を共にするのは、初めてであると――。
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