うらみつらみ
急いで上に行こうとするヘスティアを止めて、アルフォンスはあたりを探る。
なにかを探しているような彼に、背後から声をかけた。
「ちょっと! あなたのお仲間が危険なんじゃないの?」
「彼女たちは魔族の軍隊とも戦ったんだよ? 奴隷商くらいにどうこうできる人たちじゃないよ」
「…………」
確かにそれはそうだけれど、まさか彼がここまで冷静だとは思わなかった。
仲間が襲われているとなれば、己の身を危険に晒してまで助けにいくと思っていたのに。
薄情なやつだと思いそうになって、その思考をすぐに捨てた。
「…………あっそ」
違う。
これは薄情とかそういうものではなくて、ただ単に信頼しているだけなのだ。
彼女たちと共に戦っていて、彼はわかってる。
この程度でやられる人たちではないと。
そこは長年一緒に旅をしてきたからの信頼なのだろうことはわかっているが……。
なんとなく気に入らない。
だからこそヘスティアは口をへの字に曲げつつ、アルフォンスへと声をかけた。
「なに探してるのよ」
「んー…………あった」
きらりと光るなにかを手に持って、アルフォンスが振り返る。
そこには輪っかに引っかかる鍵がいくつもあり、彼が動くたびにじゃらじゃらと鳴った。
「それ、ここの鍵?」
「客に見せるために近くに鍵を置いてると思ったんだ。ひとまず、安全そうな子だけでも出してあげよう」
中には人間に危害を加えるものもいるだろう。
そういうものたち以外は一旦出してあげようという彼に頷き、ヘスティアも鍵の半分をもらって牢屋を開けていく。
どの子たちも怪我や空腹などで動くことはほとんどできず、しかし中にいたくないのかじりじりと足を引き摺りながら出てきた。
「ここにいて。あとで必ず助けてあげるから」
「……あなたは?」
もちろん魔物の中には言葉を発することのできるものもいる。
その中の一人に声をかけられ、ヘスティアは思わず口をつぐんだ。
実はここに入る時から魔力を抑えていたため、ここにいるものたちには正体はバレていないはず。
突然魔王の娘が現れてはみんな驚いてしまうだろうから、流石に内緒にしておくかとヘスティアは誤魔化すことに決めた。
「とにかく、外には出ないようにして。ここでみんなで大人しく待っててちょうだい」
「……はい」
恐怖の対象であろう場所に置いていくのは気がひけるが、今は致し方ない。
ある程度おとなしそうな子たちだけ出して、残りは全て片付いてからにすると伝えておく。
エリーが回復魔法などを使っているのを横目で見つつ、ヘスティアはアルフォンスへと近づいた。
「大体おとなしそうな種族の子たちは出せたわ」
「わかった。なら次は上だね」
未だバタバタと音がしているため、戦闘は終わっていないのだろう。
アルフォンスは上を向いたままヘスティアに向かって手のひらを見せてきた。
「ダメだからね」
「…………なにがよ」
「行っちゃダメだからね。ここでエリーと待ってて。エリー、俺の花嫁を頼んだよ」
それだけ言うと、アルフォンスは一瞬で部屋を出て行ってしまう。
流石は勇者だと思いながら、もう地上で剣を振るってるであろうアルフォンスのことを考える。
父である魔王と互角に戦った人物だ。
きっと大事には至らないだろう。
ヘスティアがやるべきはこちらだと意識を元に戻せば、目の前にいるエリーが重傷の魔物に回復魔法を使っていた。
「……」
彼女たちは魔物と命をかけて戦ったはずだ。
それなのに今その魔物たちを救っているのは、どういう感覚なのだろうか。
なんとなく気になって、ヘスティアは声をかけた。
「……ねえ。あなたたちは魔族と戦ってたでしょ? ……今そうやって救うことに、違和感とかないわけ?」
「あ、ありません。……彼らは私たち人間のせいで傷ついているんです。な、ならばそれを救うのもまた私たち人間でなくてはいけません。……アルフォンス様は人間だろうが魔族だろうが、種族での差別はしません」
「あの男がそうするから、あなたたちもそうするの?」
「私も彼の思いに賛同したからです。……た、旅をしているといろいろなものが見えてきます。魔物が人を弄ぶところも、人が魔物をおもちゃのように扱うところも。わ、私にはどちらかなんてありません。どちらも、です」
彼女の言い方的に、アルフォンスに会うまではそんな考え方ではなかったのだろう。
普通に魔物を憎んでいたはずだ。
しかし旅をして、彼の考えを理解していった。
そして痛感したのだ。
自分で見て感じて、どちらも同じなのだと。
「…………そう」
「あ、あなたはどうなんです?」
「私?」
「魔族の姫。人間たちを、憎んでないんですか?」
「…………」
ヘスティアには大切なものがあった。
それは自分を取り巻く人たちである。
自分を大切にしてくれる人を大事にするのは、人間も魔族も変わらないだろう。
そんな大切を、ヘスティアは人間に殺されている。
彼はヘスティアの師であった。
軍の総司令として君臨していた彼は、ある時突然姿を消した。
人間との戦争の最中にだ。
そしてそれから数年後、情報を手に入れ向かったヘスティアが目にしたのは、人間たちの手によって首だけになった彼の姿だった。
その時は憎みもした。
人間全てを滅ぼしてやろうと思ったのは否定できない。
けれどそんなヘスティアを止めたのは、無惨に殺されたはずの師の遺言だった。
人間の子供を育てていたこと。
その子供を愛していたこと。
人を愛していたこと。
およそ軍にいた時には想像もできない愛に溢れた文字に、ヘスティアは泣いて叫んだ。
さまざまな感情が入り混じる中、それでも彼の思いを尊重したいと思っていた時、フィンことアルフォンスと出会ったのだ。
人間も魔族も同じだという、彼と。
「憎んでないわ。少なくとも、今は」
「…………そうですね。それは、わ、私も、です」
若干しんみりとした空気が漂う中、突然部屋の中に大きな爆発音のようなものが響き渡った。
エリーと顔を合わせたヘスティアは慌てて音のした方へと向かい、そこで起こっている出来事に目を見開く。
「……なにを、しているの」
「お前たちこそ! ここでなにやってるんだ!」
そう叫ぶ男の手には、注射器のようなものが握られていた。
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