はじめましてさようなら
ひどい有様だ。
鼻はもげそうだし耳は塞ぎたくなる。
室内は異様な状態だった。
小さな檻の中に無理やり入れられ暴れまわったのだろう。
血を流し錆びた匂いが充満している。
衛生面もよくはなく、いろいろな香りが混じっていて思わず嗚咽しそうになる程だ。
人間たちにはただの遠吠えに聞こえるだろう声も、ヘスティアには悲痛な叫びにしか聞こえなくて、たまらず彼の服を握りしめた。
「……大丈夫?」
「……大丈夫よ」
倒れるわけにはいかないと体をに力を入れ、なんとか足をすすめる。
フードを深く被っていて本当によかった。
案内人にこんな険しい顔は見せられない。
「暇を潰すようならば観賞用のやつなんかどうです? 魚みたいなやつとか、見てて綺麗だぞ」
「水槽がない。もっと妻が遊んだりできるものはないか?」
「ああ? なら普通に犬猫でも飼えばいいじゃねぇか」
「珍しいものが欲しいんだ。金なら払う」
「……へーへー。なら向こうにいるぜ。ついてきな」
彼に支えられつつ案内されるがまま奥へと向かう。
知らぬ間にパーティーメンバーは自分達の仕事をするため、何処かへと消えたらしい。
彼女たちの気配すらわからないくらい動揺していたなんて、とヘスティアは極力あたりを見ないように歩みを進める。
必ず救うからと心の中で誓っていると、あっという間にもう一つの部屋へとたどり着いた。
「ここにいるのは基本的に大人しめな奴らばかりだ。どうだ? 気にいるやついそうか」
「…………」
見た目が可愛らしかったり美しかったり、さまざまなものたちがいたが、やはり皆が皆怯えた瞳でこちらを見つめてきている。
少しでも早く助け出さなくては。
ぐっと唇を噛み締めていると、そんなヘスティアの背中をアルフォンスが優しく撫でてくれる。
落ち着けと、大丈夫だと伝えてくれるように。
「見て回ってもいいか?」
「ああ、いいぜ」
案内人は入り口のところで待機するらしい。
軽くアルフォンスと目を合わせつつ、彼が壁になる形で色々な魔物たちを見ることができた。
どの子たちも傷を負っており、栄養も足りていないのか痩せ細っている。
こんな状態で放置するなんて……、とヘスティアが顔を歪めていると、部屋の奥の方からか細い鳴き声が聞こえてきた。
「…………」
「……行ってみよう」
アルフォンスと共に案内役の男に怪しまれないよう足を進めて奥へと向かうと、そこには一匹の獣がいた。
明らかに弱り息も浅いその獣を見て、ヘスティアは己の口元をそっと押さえる。
「…………この子よ」
「ん?」
「…………にゃんこの母親」
ヘスティアの言葉に目を見開いて、アルフォンスは勢いよく弱る魔物を見た。
魔力量からわかる。
この魔物の命が残り少ないことを。
ヘスティアはちらりと入り口の男へと視線を向ける。
どうも仕事の態度は怠慢らしく、座り込んで眠りそうになっている姿を確認し、ヘスティアは鉄格子に近づいた。
「お前の子供は私が預かってるわ。大丈夫、元気よ」
ぴくりと耳が動き、ゆっくりと目が開かれる。
瞼を全て開くこともできないほど疲弊しているのだろう。
濁った青い瞳がにゃんこにそっくりで、ヘスティアの胸は張り裂けそうになった。
「お前の子供の匂いがわかったのね。だから私に合図を送ったんでしょう? 大丈夫。必ず私が……お前の子供を守ってあげる」
本当はお前を助けてあげると、そう言いたかった。
けれどそれをしなかったのは、叶わないとわかっていたからだ。
この子はもう助からない。
最後の力を絞って、自分の子供の匂いがするヘスティアに声をかけたのだ。
そっと鉄格子越しに手を伸ばせば、ゆっくりとしっぽが寄せられて手のひらに触れる。
ガサガサで、血がところどころこびりついていた。
本当はあの子のように真っ白で、ふわふわな毛並みだっただろうに。
「大丈夫よ。大丈夫。だから安心しなさい」
「…………――」
か細くて弱々しい鳴き声を一つ上げて、まるでネジの切れた人形のようにぱたりと尻尾を地面へと落とした。
その姿を見て気づいてしまう。
ああ、安心して逝けたのだな、と。
ヘスティアは目元に浮かぶ涙を急いで拭うと、アルフォンスへと視線を向けた。
「……絶対捕まえるわよ」
「もちろん」
「おい。そいつが気に入ったのか? それはだめだ。もう死にかけ――」
男が声をかけてきた瞬間、上から激しい地響きが地下にある部屋全てを揺らした。
ヘスティアを庇うように抱きしめてきた彼に身を任せつつ、土壁となっている天井を見上げる。
「なんだ!? なんの騒ぎだ!?」
男が慌てて地上へと走る。
その後ろ姿を見ていた二人の元に、姿を消していたエリーがやってきた。
「あ、アルフォンス様っ! 無事手に入りましたよ」
エリーは一瞬だけ手元に顧客リストを現し、すぐに魔法でどこかへと消し去った。
多分安全なところにワープさせたのだろう。
なるほど確かに小さいものならば移動させるのも可能だが、人間でそれができる存在はなかなかいない。
思っていたよりも優秀なのだなと思っていると、もう一度大きな地響きが鳴り響いた。
「どうなってる?」
「じ、実は書類を見つけたと同時に、わ、私たちも見つかってしまいまして……今上でルナとクレアが戦ってます!」
「……やっぱり無能じゃない、こいつら?」
「こら、そういうこと言わないの」
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