穏やかな時間

「…………ねっむい」


「昨日はお疲れでしたね。朝ごはんたくさん食べてください。昨日の夜はほとんど食べられてないんですから」


「フルーツ持ってきてぇ」


「デザートで持ってきますから他のも食べてください」


 昨夜行われた王宮でのパーティーで、ヘスティアは己のできることはしたつもりだった。

 痛いくらいの視線を払いのけ、国王からの嫌味にも返して、話の通じない兄妹とやりとりをし、アルフォンスと共に踊る。

 最後のはもちろん嫌じゃない。

 致し方ないとはいえ腰を抱かれたのには恥ずかしさはあれど、彼と手をとって踊るのは楽しかったし嬉しかった。

 なので総合すると行ってよかったとは思う。

 彼の心の傷を少しでも癒せたのなら、なんて思うのは傲慢だろうか?

 とはいえ流石に疲れはしたと、翌日ヘスティアは昼近くまで寝ていたところを、痺れを切らしたララに叩き起こされ今に至る。

 疲労困憊睡、睡眠欲が高い今はあまり重いものは食べたくないのだが、昨夜ほとんど食べれていないことをどこからともなく聞いたらしいララは、目の前にたくさんの料理を並べた。


「食べ始めたら案外食べれたりするので、ひとまず、ずずっと」


「言いかた」


 差し出されたスープを見れば、さまざまな野菜が細かく切られ煮込まれている。

 どうやら疲れていたヘスティアのことを思い、用意されたもののようだ。

 ここまでされて口にしないほど、ヘスティアも冷たい女ではない。

 ありがたくちょうだいしようと口をつけた。


「……美味しい」


「料理長が昨日の夜から煮込んでましたから」


「これなら食べれそう。パンも柔らかいのが欲しいわ」


「おっまかせください!」


 嬉しそうにパンをとりに行こうとするララの足元で、わけもわからないはずなのに楽しそうににゃんこが飛び跳ねる。

 踏まれそうになるのも気にせず動き回るので危ないと抱き上げ、膝の上で大人しくさせた。

 普段は騒ぎ回るくせにヘスティアの膝の上がお気に入りらしく、乗せてあげると大人しくするので最近はよくこうしている。

 とりあえずララが戻るまでスープを飲んでいようと口を動かしていると、コンコンとドアがノックされた。


「おはよう。体調はどう?」


「おはよう。ものすごく眠いし疲れたわ」


 自分も同じだといいながら部屋に入ってきたアルフォンスは、テーブルの上に置かれた食事を見てヘスティアの前に腰を下ろした。


「俺も一緒にもらおうかな。ララは?」


「パンをとりに行ってるわ。ここにあるものなら好きに食べていいわよ」


「ありがとう。いただきます」


 ヘスティア用にと用意されていた硬めのパンやサラダを差し出せば、彼はそれに手を伸ばす。

 ジャムやバターも差し出せば、礼を言いつつ口を動かしていた。


「あ、にゃんこもおはよう」


「にゃぅ」


「今日はおとなしいね」


「そんなことないわよ。さっきまで暴れ回って危うくララに踏まれるところだったんだから」


 ね、と耳元を掻いてあげれば、にゃんこはぐるぐると喉を鳴らす。


「にゃんこは甘えん坊だね」


「本当にね。お前、これじゃあ野生になんて戻れないわよ?」


「んに?」


「んに? じゃない」


 頭を少々強めに撫でると、なぜか嬉しそうに擦り寄ってきた。

 一応叱っているつもりなのだが全く伝わっていないようだ。

 早々にあきらめてヘスティアはまたスープに口をつけた。


「そうだ。昨日はありがとう。君のおかげでいろいろ……うん、いろいろ頑張れたよ」


「…………そう。まあならいいわ」


 彼にとって昨日という日がほんの少しでもいい日になったのなら、ヘスティアが頑張った甲斐があるというものだ。

 なんとなくその言葉が嬉しくて、屋敷だからとだしていた尻尾がゆらゆらと揺れる。

 アルフォンスもそれに気づいたのか優しく微笑みかけてきて、穏やかな空気が部屋の中に漂う。


「お待たせしました奥様! パンを何種類かもらって――失礼いたしました。おはようございます、ご主人様。いらっしゃっていたのですね。すぐにお食事をお持ちします」


「おはよう、ララ。大丈夫だよ。花嫁様の食事を分けてもらってるから」


 手に持っているパンをララに見せるように持ち上げれば、彼女は手をクロスさせて首を振った。


「それはダメです。奥様は昨夜からあまり食べられていないので、可能な限りお食事を召し上がっていただきたいのです。ですからご主人様の分をお持ちします」


 そういって頼んでいたパンを置くと、ララは踵を返して部屋を出て行った。

 キビキビとした動きに目を白黒させたアルフォンスは、しかしその後くすくすと笑う。


「ララは君のことが大切みたいだ」


「…………専属の使用人だもの」


「君が優しい人だからだよ」


 はいはいと頷きつつ柔らかなパンを手にとり、スープと一緒にいただく。

 先ほどはあまり食欲がなかったのに、スープが美味しかったこととララの気づかい、そしてアルフォンスと一緒だからか、思ったよりも食べることができた。

 二人で何気ない話をしながら食べるご飯が楽しくて、アルフォンスの食事を用意するララも一緒に、穏やかな時間を過ごしていたその時だ。

 コンコンと扉がノックされ、部屋に一枚の手紙を持った侍女長がやってきた。


「失礼致します。ご主人様、王室よりお手紙が届いております」


「「またぁ?」」


 思わずアルフォンスと同じ反応をしてしまった。

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