魔物の子
渡された手紙をじっと見つめる。
蝋印は確かに王族の紋章であり、二人はどちらからともなく目を合わせた。
「なんの用だと思う?」
「知らないわ。あいつらの考えなんて読もうと思っても読めないもの。それよりあなたに用なんでしょ? はやく見なさいよ」
「えぇ……。一緒に見ようよ。あ、見にくいなら膝の上にくる?」
「行かないわよバカ!」
朝からなにをいっているのだと怒ると、なぜかアルフォンスは残念そうに肩を落とした。
本気だったのか……とヘスティアが引いていると、その間にもアルフォンスは手紙を開封していく。
「昨日の今日でなんなんだ……?」
「この時間に着くってことは、昨日私たちが帰ってから送られてきたってことよね?」
「そうなるね。夜明けくらいじゃないかな?」
がさがさと音を立てて手紙をとり出したアルフォンスは、そのまま内容を目で追う。
しばしの沈黙。
ヘスティアは徐々に険しくなる彼の顔で、この後面倒ごとに巻き込まれるのだと察した。
今日は優雅に紅茶を飲みつつケーキを食べて、庭園の散策にでも行こうと思っていたのに。
計画が全て台無しになりそうだ、とため息をついた。
「……なんだったの?」
「………………読むかい? 君にとっても他人事ではなさそうだ」
どういう意味だ、と眉間に皺を寄せながら手紙を受け取った。
最初のほうは決まり文句のような挨拶だったのでスルーして、途中くらいからの文字に注目する。
そこに書かれていた内容を読み進めれば読み進めるだけ、ヘスティアは己の眉間に皺が寄るのを感じた。
「………………なにこれ」
「詳しくはわからないけれど、これはまた王宮に行かなきゃダメだね」
肩をすくめたアルフォンスに、ヘスティアは手紙を片手で持ちつつ腕を組んだ。
せっかく帰ってきたというのにこんなに早く戻ることになるとは。
そもそもできればあまり近寄りたくない場所なのに、なぜこんなに頻繁に行かなくてはならないのか。
だがこれはさすがに無視はできないなと、目の前で険しい顔をするアルフォンスへと顔を向けた。
「……これ、要約すると魔物が保護を求めてきた、ってことよね?」
「そうみたいだね」
手紙の内容はとても簡素なものだった。
たぶんだけれど、向こうとしても対応に困ったのだろう。
不確かな情報のまま手紙を送ってきたのがわかる狼狽ぶりだ。
内容としては魔物が保護を求めてきた。
その対応を勇者にしてほしい、というもの。
それだけの内容なのにあれこれ意味のわからないことを書いているのがその証拠だろう。
魔物の見た目の特徴など不必要な内容だ。
だが……。
「……子供なのね」
「みたいだね。怪我をしてるとかは書かれてないけれど……」
けれど人間の、それも王宮に頼みにくるなんてよほどのことだろう。
門番に頼み込み、気のいい人だったのか中へと話が通ったらしいが、下手をしたら追い返されていた可能性もある。
まあ子供らしいから、そこらへんはわからなかったのだろうが。
「…………ティエーリか」
「ティエーリ?」
そういえばそんな名前が手紙にも書いてあった。
一体なんなのかと問えば、彼は優しく説明してくれる。
「魔界と人間界の境にある村だよ。無法地帯みたいな感じで……治安はよくない。国もなんどか手を出そうとしていたんだけど、魔界が近いこともあって魔物たちも多く存在している」
「なるほどね。魔界でも人間界に近い土地は治安が悪いわ。いざこざが起こりやすいところでもあるし、戦争が起きた時真っ先に被害に遭う。そういうところには、住むところがない貧困層が集まるから……」
「そう。そこから逃げてきた子みたいだよ」
「……苦労したんでしょうね」
そういった地域に住むものは常に命の危険に晒されている。
やっと魔族と人間が争わなくなったとはいえ、小競り合いなどはよく起きているという。
さらには未だ秘密裏に魔物、人間ともに売買されていることもあるから、その村の住民たちは気が気でないはずだ。
「それにしてもよく王都までやってこれたよね。かなり距離あるよ」
「どれくらい?」
「飲まず食わずで、馬でも一週間以上はかかるよ」
「…………その子の能力かもね」
魔物にはその個体由来の能力がある。
例えばヘスティアは羽で空が飛べるし、魔力を糸状にすることもできるが、それがにゃんこができるかといえば答えは否だ。
「にゃんこももう少し大きくなれば、空間を移動することができるはずよ。そういう能力なのかも」
「そうなの? にゃんこすごいなぁ」
果たしてヘスティアの膝の上で寝こけているこの魔物が、本当にその能力を会得するだろうかと少しだけ不安にはなる。
無防備に晒されているにゃんこの腹を撫でつつ、ヘスティアはアルフォンスへと手紙を返した。
「私も行くわ」
「…………言うと思った」
「なによ? 不満なの?」
「これ、王太子殿下からの手紙だよ。殿下が関わってる」
「みたいね。で?」
「………………俺から離れないでね」
王太子を警戒しているのはヘスティアも同じなので素直に頷いた。
心置きなく盾にさせてもらうとしよう。
どうせアルフォンスと一緒にいれば、あれこれと絡んでくるのだろうから。
「……ドレスって着なきゃダメ?」
「ララ。ちゃんとしたの用意しておいてね」
「かしこまりました! 奥様に似合う可憐で美しいドレスを準備致します!」
窮屈で嫌いなのに、とヘスティアはため息をついたのだった。
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