呼び出しの理由
ひとまず王都へと向かったヘスティアたちが乗った馬車は、太陽が沈んだ頃王宮へとたどり着いた。
二人を出迎えたのは会いたくないと思っていた兄妹だ。
数人の護衛を連れたリヒトとアリアは、アルフォンスとヘスティアを見るとにこりと笑う。
「急なのによくきてくれたね。我々も困っていたところなんだ」
「……どういうことなんですか? 一体なにが……?」
「詳しくは中で。あ、ご安心ください。あの子の怪我は私が治しましたから」
「やっぱり怪我してたのね」
「手紙に書いてなかったですか?」
「なかったわよ」
そんな情報少しも入ってなかった。
余計なことを書くスペースがあるのなら、むしろそちらを詳しく記載して欲しかったぐらいだ。
はあ、とため息をつきつつ彼らの案内で庭園へとたどり着いた。
「……なぜこんなところに?」
「王宮に魔物がいると、それを怖がる人も多いんだ。ここで働いているものの中にも、トラウマを持っているものが数名いる」
「ですから公にはしていないのです。この庭園は王族専用となっていますので、他のものに聞かれる心配がないのです。人払いもしていますから」
つまるところこの二人から事情を聞かなくてはならないらしい。
まあ国王も国王で話が通じないから、この状態は致し方ないのかと勧められた椅子に腰を下ろした。
目の前には紅茶やお菓子が用意されており、ヘスティアは気づかれないようにすんっと鼻を鳴らす。
周りの花の匂いが強いからわかりにくいが、毒などは入っていなさそうだ。
まあ流石にこんなところでそのようなことをするバカではないかと、紅茶へと口をつけた。
「それで、その魔物の子供は……?」
「…………先ほど話しました状態ですので、騎士たちに見張らせています。食事などは与えていますので安心してください」
「与えてる、ね」
ぼそっと呟いた言葉は、隣に座るアルフォンスにだけ聞こえただろう。
まああまり突っ込むことはしないようにした。
彼らの事情もわからなくはない。
子供であろうとも魔物は魔物。
能力によっては簡単に人を殺せる存在だ。
「それで、その子は一体どういった内容でここにきたのですか?」
「それが……助けてくれ、の一点張りで……」
「我々も話を聞こうとはしたんだが、騎士たちに止められてね。そもそも本人も興奮状態で内容が支離滅裂なんだ」
子供なのに遠い距離を一人移動して、さらには怪我まで負っている。
そんな状態で保護してくれるかわからない、下手をしたら殺されるかもしれない相手に助けを求めるなんて、大人だって難しいだろう。
興奮状態になるのは当たり前だ。
「…………だから君たちを呼んだんだ。ヘスティアなら彼も安心して話してくれるんじゃないかと思ってね」
なるほど。
こんなに不確かな情報しかないのに呼んだのは、むしろその不確かを確かに変えるためかと納得した。
本当なら面倒だと断りたいくらいだが、その魔物の子供が気になる。
きっと今頃、不安に震えていることだろう。
自分の今後がどうなるのか考えているはずだ。
同族であるヘスティアに会うことで、少しでもその不安が解消されるのなら助けたい。
それにどうしてこうなったのか、話も聞かなくては。
「なるほどね。そういうことなら私が話を聞くわ」
「俺も一緒に行くよ」
アルフォンスの提案に頷けば、彼は安心したように息をついた。
さすがに大丈夫だと思うが、興奮状態の魔物と対峙させるのが不安だったのだろう。
心配性なんだから、と小さく笑ってしまった。
「ありがとう。ひとまず馬車移動で疲れただろう? 少しここで休憩してから向かおう」
「見張っている騎士たちによれば、少し前から落ち着きを取り戻し始めているようです。ですから少しくらい休んでも大丈夫ですよ」
「いいえ、結構よ。疲れてないから案内してちょうだい」
おおかたあれこれと話をしつつ、また離婚しろだなんだと言ってくるのだろう。
夫婦のことをあれこれ詮索されるのも嫌なので、早々に立ち上がった。
「案内してちょうだい」
「…………わかったよ」
リヒトは立ち上がると案内するため庭園を後にする。
もちろんアリアも付いてくるので、どうやらこの四人で話を聞くことになるらしい。
アルフォンス以外が付いてくることを許可したつもりはないのだが、まあいいだろうと口をつぐんだ。
それよりも聞きたいことがある。
「ねぇ。その子の怪我ってどういうものだったの?」
「どう? どうってなんですか?」
「なんですかって……例えば打撲跡があった、とか、擦り傷だけだった、とか」
傷の種類によってその子の境遇がわかることもある。
打撲もただぶつけただけなのか、それとも人為的なものがあったのかによって話が変わってくるのだ。
アリアはたぶん治癒能力に長けているのだろう。
先ほど治したと言っていたから彼女に聞いたのだが、問われた側のアリアは小首を傾げている。
「あまり見てません。ボロボロでかわいそうだったので、すぐに治してあげました」
「………………そう」
傷の具合を見なくても治せるほど、彼女の治癒能力が高いことは理解できた。
まあもうそこら辺は本人に直接聞くしかないかと、質問することは諦める。
とにかくまずはその子供に会わなくては。
足を進めた四人は、やがて一つの部屋の前にやってくる。
扉の前を守る騎士たちはリヒトとアリアを見てすぐに退いた。
「それじゃあ、入るよ」
「ええ」
そうして開かれた扉の向こう。
部屋の中央で呆然と立ち尽くすボロボロの子供の姿を、ヘスティアは目にしたのだった。
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