挑戦

「…………ヘスティア、君は」


「わかったなら返事ははい、よ」


「………………はい」


 嬉しそうに笑うその顔に、気づけばヘスティアまで目尻を下げていた。

 わかってくれたのならいい。

 確かにヘスティアは魔物と人間の平和を願っているが、それはアルフォンスがいたからだ。

 この結婚を認めたのだって、相手が彼だったことも大きい。

 だから今のこの平和は彼だったからできたことだときちんと理解してほしい。

 あの王太子では決して出来なかったことだ。

 そしてそれは、魔王にも。


「まさか君からそんなこと言ってもらえるなんて、思ってなかったよ」


「私もこんな小っ恥ずかしいこと口にするなんて思ってもいなかったわ。それもこんな…………」


 ちらりと周りを見れば、痛いくらいの視線を感じる。

 いつのまにか音楽は消えていた。

 人々は足を止め、身を寄せ合うヘスティアとアルフォンスを見つめる。

 静まり返ったこの会場で、二人の会話は良く聞こえていたことだろう。

 一体いつから音楽が止まっていたのか。

 とにかくこのままでいるのはよろしくないと、ヘスティアはアルフォンスの腕を掴む。

 くるりと顔を回すと、少し離れたところに立っていたリヒトへ声をかけた。


「踊ったわよ。これで文句ないでしょ? 私たちは帰るわ」


「――あ、ああ」


 なにやら惚けているリヒトだったが言質は得たと、アルフォンスの腕を掴んだまま会場を後にする。

 どうせもう宴も終わりなのだから、帰ったって構わないだろう。

 あとで文句を言われたらその時はその時だと、馬車に向かって歩いていると、後ろからクレア、ルナ、エリーが走ってきた。


「どうなってんだ!? お姫様と話してたと思ったら急にアルフォンスと一緒に会場で踊り出すし、あんな熱烈な……。お前ら、思ってたよりもラブラブだったんだな」


「す、すごかったです……。周りの人たちも、み、見入ってました」


「まるで舞台の一幕のようでした」


「いちいち言わなくていいわよ!」


 まさかこんなところにも伏兵がいたなんて。

 さっと赤くなった頬を隠すように顔を背ければ、標的はアルフォンスへと向かった。


「ヘスティアさんのいう通り、アルフォンスはもっと自信を持ってください」


「そうそう! こーんないい嫁までもらってるんだから!」


「お、王太子殿下なんて、目じゃないですっ」


「ごめんね。心配かけてた、よね? でも大丈夫だよ。ルナの言う通り、こんなにいいお嫁さんがそばにいてくれるしね」


 アルフォンスはそういうと隣にいるヘスティアの腰をそっと引き寄せた。

 突然のことに抵抗することもなく、彼の胸元へ飛び込んだヘスティアは、数秒後ののち己の身に起きたことを理解する。

 先ほどまではダンスという名目があったため我慢できた。

 いや本当は心臓がバクバクだった。

 アルフォンスの香りが、熱が、吐息があまりにも近すぎて。

 けれどなんとか我慢はできた。

 だが今はどうだ?

 特に理由という理由がない上での接触は、ただの触れ合いということになるのではないだろうか?


「正直王太子殿下には引け目を感じているところはあるけど、でも引けないところがあるのも確かだから」


「………そうですね。そこは絶対に、引いてはいけないところです」


「だな。負けんなよ!」


「が、頑張ってください」


「わけわかんない話はどうでもいいから離してくれる!?」


 力づくで腕を引き剥がすと、ヘスティアはアルフォンスと距離をとる。

 その様子が毛を逆立てた猫のようで、他の三人に笑われた。


「そんなんで赤くなってたらまた変な言いがかりつけられるんじゃないか? 王太子殿下にいろいろ言われたんだろ?」


「あー……初夜の噂話、出回っていますからね」


「わ、私も聞きました……」


「なんで人間って他人の夫婦仲気にするの!?」


 どうしてそんな噂を流す必要があるのだろうか?

 他人の生活なんてあそこは仲が良いな、くらいでじゅうぶんだろうに。

 三人とあーだこーだ話していると、そんなヘスティアを見ていたアルフォンスがなにかを考えるように顎に手を当てた。


「確かにそんな不名誉な噂を流されるのも嫌だよね」


「嫌というか面倒なのよ。あれこれ聞いてきて下手に勘繰られるの」


「うんうん。そうだよね。それは俺も同意」


「…………」


 なんだろうか?

 なんだか嫌な予感がして、首の裏がピリピリする。

 これはもう早々に家に帰ったほうがいいのではと思っていると、アルフォンスは嬉しそうに近づいてくるとヘスティアの手をとった。

 きゅっ、と握られたそれに、目を白黒させた。


「じゃあやっぱり慣れないと。ひとまず手を握るところからやっていこうか」


「…………え? ど、どういう意味?」


「ん? そのままの意味だよ。夫婦として触れ合うことに慣れておかないと、周りにあれこれ言われちゃうだろう? だからこれはその練習」


 ヘスティアは繋がる手をじっと見る。

 練習とは一体なんだ?

 もちろん彼の言いたいことはわかる。

 第三者にあれこれ言われないために慣れておこうというのだろう。

 それはわかる。

 わかってはいるが……。


「……こ、これ、もしかして続けるつもり…………?」


「花嫁様が慣れたら止めるよ」


「………………」


 慣れる?

 慣れってなんだ?

 今ですらこんなに心臓がはち切れんばかりに痛いのに、慣れるなんてことあるのだろうか?

 ……いや、夫婦なのだから、これくらいは慣れなくてはいけない。

 繋がる手に力を込めて、ヘスティアは真っ赤な顔で宣言した。


「や、やってやろうじゃない! 望むところよ!」


「うん。がんばろうね」


 ほわほわと笑うアルフォンスと、真っ赤な顔で意気込むヘスティア。

 その様子を見ていた三人は、この二人は本当に同じことに挑戦しようとしているのだろうかと疑うほど、真反対の反応をしていたのだった。

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