気づいて
アルフォンスと共に会場まで戻れば、たくさんの視線を浴びる。
肌がひりつくような感覚に、しかしヘスティアはうろたえることはしない。
会場内もいい感じに盛り上がっているようで、そろそろお開きとなる雰囲気がある。
ラストダンスならこのあとあれこれ言われなくてもいいだろうと、ヘスティアは立ち止まったアルフォンスを見上げた。
「いまさら怖気づいたりしないわよね?」
「まさか。楽しみなくらいだよ」
「ならいいわ」
二人は手をとりあったまま会場の中心へと向かう。
周りも何組かダンスを踊ろうとしていたが、勇者と魔物の姫に気づいて距離を置く。
するとどうなるか。
必然的に、会場の中心には二人だけになる。
「…………」
音楽が流れ始める。
アルフォンスが頭を下げたので、ヘスティアもドレスの裾を持ち上げそれに答えた。
差し出された手に己の手を乗せれば、優しく腰を持たれ引かれる。
彼と体を密着させながら、力を抜き互いの動きを合わせていく。
「…………なによ、踊れるじゃない」
「踊れはするよ。うまくないだけで」
うまいかうまくないかでいえばまあうまい分類に入るのに、なにをそんなに謙遜するのだろうか?
変な男だと思ったところで、ああ、と納得する。
先ほどアリアが言っていた。
リヒトはダンスが上手だと。
この男のことだ。
きっとそこと比べているのだろう。
なんて馬鹿なんだと、ため息をついた。
「なんでそこまであの男に引け目を感じるわけ?」
「…………もしかして話聞いた?」
「――あ、」
やってしまったと慌てて口を閉ざしたがもう遅く、アルフォンスにはバレてしまった。
別に悪いことをしているわけではないとは思うが、当人からしてみればあまり気分のいい話ではないだろう。
どうしたものかと悩んでいると、むっつりと口をつぐむヘスティアを見てアルフォンスが笑った。
「べつに怒ってないよ。俺からは少し、話しにくかっただけで……」
「でもいい気分じゃないでしょ? 私なら嫌だもの。…………ごめんなさい。勝手に聞いてしまって」
「…………君のそういうところ、好きだよ」
「…………………………はあ!? な、なに言って……!?」
そのタイミングでぐるりと体を回されて、ヘスティアは思わず口を閉ざした。
そのまま今一度彼の胸の中へと戻れば、また腰を掴まれる。
「ありがとう。君はいつも俺の気持ちを考えてくれるね」
「…………別に、それくらいふつうじゃない?」
「そうだね。そうなれたら世界は今よりもう少し、優しいものだったかもしれないね」
なんの話だと疑問に思いつつも、アルフォンスはこれ以上この話題を続ける気がないのか、早々に話を戻した。
「戦争で両親が死んだときの記憶がないんだ。覚えているのは幼いころのおぼろげな景色と、その後のこと。助けてくれた人がいてね、ボロボロの俺を育ててくれて、感謝してる。血もつながってないのに、本当に愛してくれたんだ」
彼にとってそれは優しい記憶なのだろう。
穏やかに微笑むアルフォンスの表情は幸福に満ちていて、ヘスティアはその顔をじっと見つめた。
ティーとして彼と共にいた時、ときおり見せてくれていた。
それはアルフォンスが、大切だと思う人にだけ見せるもの。
優しくて温かいそれに、ヘスティアは恋をしたのだ。
「俺が勇者に選ばれた時も喜んでくれたよ。頑張れって言ってくれて……」
「…………」
しかしその大好きな陽だまりのような表情は、一瞬にして曇ってしまった。
思わず彼の頬に触れれば、手のひらに優しく擦り寄ってくる。
「けれど亡くなった。俺が勇者として旅をしていた時に。……本当にお世話になったのに、死に目にも会えなかった。約束していた魔王討伐もできなくて…………」
ああ、わかってしまった。
彼は元々、ここまで引け目を感じていたわけではないのだろう。
申し訳ないとは思いながらも、選ばれた以上最善を尽くそうとしていたはずだ。
だからこそ努力をしてその力を手に入れた。
それこそあの王太子に負けないくらいの。
けれど最初は小さなものだった心の傷は、癒されることなく血を流し続けた。
きっとヘスティアには想像もつかないようなことが、彼の身にあったのだろう。
ひどいことも言われたはずだ。
孤児であることを、ここまで気にしているのだから。
おおかた王太子との身分差を理由にあれこれ嫌味を言われたのだろう。
勇者に身分なんて関係ないのに。
そこにきて育ての親の死と魔王討伐が出来なかったことが、彼の中の傷を抉ったのだ。
約束したのに。
必ず魔王を倒して世界を平和にすると。
自分に無償の愛情を注いでくれていた、その人と――。
「…………俺じゃなければ、もしかしたら魔王を倒せていたかもしれない。それこそ、王太子殿下とか。……そう思わなかったといえば嘘になる」
「…………本当にバカね。この平和はあなたが作ったのよ? それは誰にだってできることじゃない。あなただから、魔王は和平を結んだのよ」
他の誰でもない、アルフォンスだから成し得たこと。
それをきっと、この国の人たちは軽く見ているのだ。
こんなにすごいことをしたこの人を、こんな風になるまで痛めつけるなんて。
ヘスティアは足を止める。
両手で彼の頬を掴むと、まっすぐにその瞳をみた。
「あなただから私は嫁いだの。あなた以外は嫌よ。私の夫はあなたで、この世界の勇者はあなたしかいない。自信を持って。あなたは……私の夫は偉大な人なのよ」
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