「…………ダンス、ですか?」


 ちらり、とアルフォンスがこちらを見てくる。

 その不安そうな表情に、ヘスティアは片眉を上げた。

 どうしてそんな表情をするのだろうかと考えて、一つの答えに辿り着く。

 もしかしてこの男、ヘスティアが踊れないと思っているのか?

 仮にも魔族の姫であるのに、そんな不名誉なことあるはずがない。

 王族としての教養は全て身につけており、その中にはもちろんダンスも含まれている。

 だというのにこの男……。

 きっと今ヘスティアに尻尾が生えていたのなら、ゆらゆらと不機嫌に揺れていたことだろう。


「ですが、我々は……」


「君が主役なのに、その主役がダンスすらしないなんてそんなこと許されるわけないだろう?」


「…………」


 まあ確かにリヒトの言い分はわからなくはない。

 パーティーにきてダンスを踊らないなんてありえない。

 それに今日の主役はアルフォンスだ。

 彼に踊れと言ってくるのはわかる。

 だが嫌がる人に強要するのはどうなのだとリヒトを睨んでいると、彼は一瞬だけヘスティアへ視線を向けた。


「君が心配してるのは奥方かな? ならしかたない。奥方とではなく、いつものようにアリアと踊ってはいかがかな?」


「はあ!?」


 なんでそうなるのだと思わず声をあげてしまう。

 だがそんなヘスティアの声を遮るように、アリアが嬉しそうに手を叩いた。


「それがいいです! 今までもアルフォンスは私と踊ってたんですから、皆さん不思議には思わないはずです!」


 そんなわけあるか。

 婚約者、もしくは伴侶がいる相手が初めてのダンスを他の異性と踊るなんてありえない。

 それはつまりその人とそういう関係だと言っているようなものだ。

 もしかして魔界とはルールが違うのか?

 とも思ったが、アルフォンスの慌てようですぐにその考えが違うことに気がついた。


「流石にそれはダメです! 俺にはヘスティアがいますから」


「…………」


 アリアは一瞬傷ついたような顔をしたけれど、すぐにそれをなかったことにした。

 にっこりと優しく微笑むと、アルフォンスの両手を握る。


「ですがヘスティアさんは踊れないのでしょう? ですがみなさんアルフォンスのダンスを楽しみに待っています。ですから……」


「…………ですが、」


「ちょっと! 勝手に人を踊れないやつ認定しないでくれる?」


「――え、でも……踊れるの?」


「踊れるわよ!」


 そもそもなぜ踊れないと思ったのだ。

 甚だ遺憾であると伝えれば、彼は目に見えて狼狽えた。


「あ、いや違うよ。踊れるとは思ってるけど……人間のダンスできる?」


「…………ああ、そういうこと」


 確かに人間たちのダンスと魔族のダンスが同じとは限らない。

 だからこんなに慌てていたのかと、呆れたようにアルフォンスを見る。


「そこらへんはあなたがリードしてくれればいいだけじゃない」


「……リードしたら踊れるものなの?」


「もちろん。ダンスはリードする側の腕前次第でどうとでもなるものよ」


 逆にいうならリードする側が下手くそだった場合、目も当てられないことになるが。

 どうなのだとアルフォンスに聞けば、少しだけ視線を漂わせた。


「体を動かすのは得意だから大丈夫だと思うけれど……」


「けれどなによ?」


「…………」


 あまり得意ではないのだろうか?

 ならなおさら無理に踊る必要もないのではと思っていると、言い淀むアルフォンスの肩をリヒトが軽く叩いた。


「アルフォンスはあまりダンスが得意じゃないんだ。だからもしよろしければ、ヘスティアは私と踊るのはどうだろうか? こう見えてダンスは得意でね。エスコートなら任せてほしい」


「それがいいです! アルフォンスは私と、ヘスティアさんはお兄様と。きっと相性がいいはずです」


 にこにこ笑う兄妹に、ヘスティアは空いた口が塞がらないでいた。

 なぜこんな意味不明な提案ができるのか、全くもって理解できない。

 名案どころか愚策もいいところなのに、頭の痛い兄妹だと額を抑えた。


「ちょっとなに言ってるかわからないんだけど……」


「ですから」


「ああ、いい。そういう意味じゃないから話さないで」


 改めて説明しようとするアリアの言葉を遮り、ヘスティアはアルフォンスの隣に立つ。

 彼の腕を掴むと、さっさと会場へと向かう。


「ヘスティア!?」


「うるさい奴ら黙らせるためにも踊るわよ」


「……だが、君に恥をかかせてしまうかも」


 進めていた足を止め、ヘスティアは振り返る。

 アルフォンスの後ろからアリアとリヒトが追いかけてきていたが、そんな二人は目に入らなかった。

 不安そうなアルフォンスの顔を、じっと見つめる。


「恥をかいたからってなによ。それよりもあなたが他の女と踊るほうが恥だわ」


「君以外とは踊らないよ。だからなんとか踊らないですむようにしようと……」


「必要ないわ」


 ヘスティアは掴んでいる腕を離し、改めてアルフォンスに手を差し出した。


「踊るわよ。恥なんてかいたらいいのよ。こういうのは楽しんだもの勝ち、でしょ?」


「…………ヘスティア。君は」


「それともなに? 勇者様は恥ずかしい思いはしたくない?」


「…………まさか」


 くすりと笑ったアルフォンスはヘスティアの手をとると、さっさと足を進めて先ほどとは逆にヘスティアを引っ張った。

 急になんだと驚いていると、彼は首だけ後ろに回すと楽しそうに微笑んだ。


「君とならどんなことだって乗り越えられるさ」

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