無駄なこと
「どうしてすべて他人事なの? 戦争をなくさせて、彼を自由にして、彼と離婚して。そして最後は彼と結婚させて?」
「…………なにが言いたいんですか?」
「幸せなのね、あなた」
戦争をなくす。
そんなこと、できるならとっくのうちにやっている。
けれどどこもかしこも憎しみや恨みて溢れていて、この世界は平和とは程遠い。
それでもなんとかしようと動いた結果が今の、仮初の平穏なのだ。
それをアリアはちっとも理解していない。
今我々が立つ場所は、薄い氷の上なのだと。
「……この国にはまだ、魔物が捕まっていることは知っている?」
「…………もちろんです。お父様とお兄様が、彼らを救おうと尽力なさっています」
「ほら、他人事」
そもそもあの国王の態度のどこが尽力しているというのだろうか。
それならアルフォンスのほうがよほど力を入れてくれているというのに。
このお姫様はなにも知らないのだなと、思わず憐れみの目を向けてしまう。
「お父様とお兄様が尽力って、じゃああなたはなにをしたの?」
「私……? わ、私は……」
「なにもしてない? なにもできていない?」
「わ、私はこの国の姫として、来たるべき時のために努力をしています!」
「来るべき時って、どんな?」
アリアの顔色が徐々に変わっていく。
赤く高揚していた頬から一転、赤は色味をなくし白くなる。
震える手を隠すこともなく、彼女はそれでもしっかりと己の足で立ち意見を述べた。
「そ、それは……私は、王族に生まれた女として、国のためになることを…………」
「具体的に言ってちょうだい。あなたはこの国のために、なにをしようというの?」
ごくりと喉を鳴らしたアリアは、ほんのりと瞳に溜まった涙を拭うこともせず、ヘスティアをジロリと睨みつけてきた。
「この国のためになることならなんだってします。それこそ戦地に赴いたことだってあります! 傷ついた兵士たちを看病して……」
「そう。それで?」
「市民に魔物たちへの偏見を止めるよう、演説をしたこともあります!」
「まあ、すごい。他には?」
「――っ、」
アリアは握るこぶしにさらに力をこめ、力のかぎり叫んだ。
「た、他国との縁談だって、受けようとしました! この国のためになるならと、私は――」
「私は、受けたわ」
しんっと、空気が一変する。
アリアの熱に感化されたかのように高まった気温は、しかしそのヘスティアの一言で一気に落ちた。
肌に刺さるような圧にやっと気づいたらしいアリアは、ゆっくりと口を閉ざす。
「私は受けたのよ、お姫様。他国の、それも戦争をしていた国の勇者に嫁いだの。その男はね、私の父親を殺そうとしていたの」
「………………」
「それだけじゃないわ。たくさんの同胞もその手にかかったわ。それでも私は今、ここにいる。その意味がわかるかしら?」
わかっていたのなら、たぶんこんな話にはなっていないだろう。
ヘスティアとアリア、種族は違えど似た立場だというのに。
どうしてこうも考え方が違うのだろうか?
それはきっと、育ってきた環境がそうさせるのだろう。
彼女は見たことがないのだ。
近しい人の、悲惨な死を。
「私の言いたい意味がわかったかしら? わかったのなら次回からは、もう少し考えてからものを言いなさい」
まあ、もう次なんて来てはほしくないのだが。
できればこれっきりで終わらせてほしいと願いつつ、もうこの場にようはないと立ち去ろうとしたヘスティアの背中に、アリアは震える声でなげかけた。
「憎んでいるのに、そんな人のもとに嫁いで…………つらくないんですか? あなたがつらいのなら、私が――」
「あなた、私の言っている意味をまるっきり理解していないのね。もういいわ。二度と話しかけてこないで」
今までの時間はなんだったのだとヘスティアは痛む頭を押えつつ、その場をあとにしようとする。
だがしかし、アリアはそんなことではめげないらしい。
ヘスティアと同じ速度で足を進めならが、質問をなげかけれてくる。
「待ってください! それではアルフォンスもあなたも救われない。きっと双方にとってもっといい案があります! だから……」
「話しかけてこないでって言ったの聞こえてなかったのね? もう一度言うわ。は、な、し、か、け、な、い、で」
「ですが――」
「ヘスティア!」
まだアリアがなにか言おうとしていたが、それを遮るようにアルフォンスがヘスティアを呼んだ。
どうやら用がすんだらしい彼は、リヒトとともにこちらへとやってきた。
「――アルフォンス! お兄様も」
「私はついでか? 我が妹ながらわかりやすいやつだな」
「お兄様!」
きらきらとした瞳をアルフォンスに向けるアリアを見て、ヘスティアは瞬時に理解した。
彼女になにを言っても無駄なのだと。
恋に恋するお姫様には、他者の言葉など耳障りなだけなのだ。
次からはかかわらないようにしようと心に決め、ヘスティアはすぐにアルフォンスの隣へと駆け寄った。
「もう要件はすんだんでしょう? なら戻りましょう。あの子達も待ってるわ」
「ああ、そうだね。それじゃあ、王太子殿下、王女殿下、これで我々は……」
「待ってくれ」
やっと離れられると思ったのにどうして止めるのだと思わず睨んでしまったが、リヒトは気にしていない、むしろどこか嬉しそうに笑う。
その顔を見て嫌な予感に背筋が震えたが、悲しきかな、その予感は見事に的中した。
「主役である勇者が、ダンスをしないなんてことないよね? もちろん踊ってくれるんだろう? 奥方と」
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