奪い奪われ
聖剣を手に入れしものこそ、生きとし生けるものを救う勇者である。
「聖剣はこの国の神殿に祀られています。ある年の初め聖剣が淡い光を発し、それより二十年の月日ののち選抜試験が行われます」
「まどろっこしいわね。なんで二十年も待つわけ?」
「聖剣が教えてくれるのです。その年に勇者が誕生するぞ、と。ですから世界中のその年に生まれた男児は勇者候補として名前が上がり、皆が鍛錬を行うのです。選抜の日まで」
そもそもが生まれた日に光れば、そこまで大ごとにならないんじゃないのか、という突っ込みは雰囲気的にできそうになかった。
まあ神やらなんやらは案外適当なところがあると聞いたことがあるので、その眷属的存在であろう聖剣もそんなもんなのだろう。
残念ながら人間ほど神やらなんやらに興味のないヘスティアは、その程度のことしか思わなかった。
「つまりあの男と王太子は同い年ってことね」
「はい。…………ここからはいつか、アルフォンスの口から語られるでしょうけれど……」
「わかってるわ。あの男から話されたら、初耳だってことにしておくわ」
「お願いします」
クレアは少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「……アルフォンスは……その、親がいないのです」
「孤児ってこと?」
「ええ。両親は魔物との戦争で殺されて、幼い頃だったから顔も覚えていないと。ですがすぐに優しい人に助けられて育てられたらしいのですが、その人も亡くなってしまったと」
「…………ふーん」
両親を殺されて、それでもなおなぜあの男は魔物を憎まなかったのか。
ヘスティアにはきっと無理だ。
母は幼い頃に亡くなってしまったけれど、父である魔王は惜しみない愛情を注いでくれた。
むしろうざったいくらいの熱量だが、しかしそれでも彼が人間に殺されたらと思うと胸が締め付けられる思いだ。
それこそもし、アルフォンスと魔王の戦いが相討ちでなかったら。
アルフォンスが魔王の命を奪っていたら。
ヘスティアは、どうしたのだろうか?
「…………」
「ヘスティア?」
「――なんでもないわ。続けて」
かもしれないを考えても意味はないと頭を振る。
結局は双方生きて、さらには和平が結ばれたのだから。
これでよかったのだと納得することにした。
「平民で孤児のアルフォンスより、天才剣士と呼ばれていた王太子殿下に注目が集まるのは必須でした」
「天才剣士? そんなにすごい腕前なの?」
「アルフォンスは勇者候補時代、王太子殿下に一度も勝てなかったと聞いています」
「…………へぇ」
ああ、嫌だとヘスティアは己の頭に浮かんだ考えに顔を歪めた。
あの男のことだ。
自分が選ばれたことに喜びを感じつつも、いろいろ考えていたのだろう。
なぜ己なのかと。
あの王太子を跳ね除けて勇者となったのが自分で、本当によかったのだろうか、と。
周りからもいろいろ言われたのだろう。
期待していた王太子が勇者とならず、平民で孤児の男が勇者となった。
それはどれほどの重圧だったのだろう。
「なるほどね。引け目があるからこそ、あの男はなにも言わないわけか。命をかけているのはあの男なのに、宿に泊まることすら許されない」
「…………そうなのかも、しれません。アルフォンスは王族貴族平民、全ての人の言葉を受け止めていました。最初はそれも勇者だからと思っていましたが……」
「違うわよ。ただ引け目からそうしてただけよ。本当に己でよかったのかと、ずっと一人で考え込んでいただけ。……馬鹿ね」
ヘスティアからすれば聖剣は王太子を選ばれず、アルフォンスを選んだだけという至極簡単なことなのに。
だからこそ、その責任は全て聖剣がとるべきであり、アルフォンスが気にすることではない。
だというのに人間は勝手に期待して勝手に失望して、勝手に八つ当たりする。
愚かなことだと鼻を鳴らす。
「あの男が王太子に対しておかしな態度なのは、申し訳なさゆえ?」
「それもあるでしょうけれど……。あそこまで警戒しているのは初めて見ました」
「確かに。今まではなんというか……一歩引いてる、的な感じだったな」
「ま、魔王を討ち果たせなかったこと、とても、気にしていましたので。…………それこそ、王太子殿下なら、とか……」
「ほんっっっっとうにアホね」
いくら選抜時勝てなかったからといって、そこまで卑屈になる必要はないというのに。
はあ、と大きくため息をついたヘスティアにクレアは笑う。
「まあ、一番の原因はヘスティアさんだと思いますけど」
「――私?」
なんの話だと首を傾げれば、クレアは軽く肩をすくめた。
「アルフォンスがあそこまで警戒する理由は、ヘスティアさんのことを王太子殿下が気にしているからだと思いますよ」
「…………」
「おお。めちゃくちゃ嫌な顔してるな」
「み、眉間の皺が、すごいです」
いけないと顔から力を抜いて、眉間のあたりを優しくマッサージする。
やはり周りから見ていても、あの王太子の行動には違和感を覚えるらしい。
ヘスティアはまたしても力がこもりそうになる眉間を必死に揉みほぐす。
「あの王太子、なに考えてるのかしら」
「純粋にヘスティアさんに好意を持っているのでは?」
まさか、と笑うヘスティアは、王太子と初めて会った時のことを思い出す。
少なくともあの時の瞳は、純粋な好意を向ける相手にするものではないと思う。
「たぶんだけれど、王太子が見てるのはあの男だけよ。きっと悔しいのね。あの男の持ってるもの全て奪ってやりたくなるくらい」
純粋無垢な人間なんてこの世にはいない。
誰も彼もがどこかに歪みを持っているけれど、あの男のそれは普通の人よりも大きくて強い。
勇者としての地位や名誉を奪われたのなら、それ以外を奪い返してやる。
そんなつもりなのだろう。
面白いなとヘスティアは笑った。
「いいじゃない。どうせ私を奪うことなんてできないんだから、恋焦がれさせておけばいいのよ」
ざまあみろ、と笑うヘスティアは、まさに魔物の王女であった。
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