苦手意識

「なるほどね。二人の関係性は理解できたわ」


「……もし可能なら、なるべくアルフォンスを王太子殿下と会わせないようにしてください」


「無理よ。勇者といえど一市民。王族の命令を無視なんてできないでしょ」


 だからこそ今ここにヘスティアはいるのだと肩をすくめれば、クレアの顔が曇る。

 本当彼のことを心配しているのだなと、勇者一行の絆の強さを感じた。


「……まあ、なるべく私が付き添うようにはするわ」


「――! お願いします」


 まあどこまでできるかはわからないが。

 とりあえず今一緒にいるであろう二人のことを考えていると、ふと近くから足音が聞こえ始める。

 せっかく人気のないところまできたというのに、無粋なことをする人間は誰だと視線を向けて、ヘスティアはすっと瞳を細めた。

 まさかこんなところで出会うなんてと、無意識のうちに軽く顎を上げる。


「あら、こんばんは」


「……こんばんは。今日はお越しくださりありがとうございます」


 そう言って微笑むのは、この王国の姫であるアリアであった。

 兄妹揃って突然現れるなんて似ているのだなと思っていると、急に現れた王女に困惑したのだろう。

 後ろから三人の戸惑う声が聞こえた。


「……どうしてここに?」


「さあ。それよりも……」


「なにか御用なんでしょ? こんな人気のないところまでお供もつけずにやってくるなんて、お姫様は大胆なのね」


「ここは王宮ですよ? なにも心配ありません。それに、あなたがいるじゃないですか。……いざとなったら、守ってくださいますよね?」


 ぴくり、と眉が動き感情が顔に出てしまったことに後悔する。

 確かにもし仮にこの場で彼女の身になにかあれば、真っ先に疑われるのはヘスティアだろう。

 そうなったら最悪、魔族と人間の和平にも亀裂が入ってしまうかもしれないし、もしかしたらアルフォンスに迷惑がかかってしまうかもしれない。

 そんなことになるくらいならこの命をかけてでも彼女のことは守るしかないが、実際はかなり不服である。

 どうせ命をかけるなら、せめてアルフォンスを守ってがいい。

 まあ、もちろんそんなことにはならないが。


「本当に大胆なのね。いいわ、その強い心臓に免じて仮に王女の命を狙う輩がいたとしても守ってあげる」


「ありがとうございます。ですが我が国にそのような不届き者はおりません」


 ずいぶん平和ボケしているのだな、と心のなかでだけつぶやいておく。

 どこにだって王族の命を狙おうとする輩はいる。

 あの魔王だって何度も命を狙われてきたし、ヘスティアだってそうだ。

 そのたびに返り討ちにしていたが、まさかこんな考えがまかり通るなんて驚きである。

 まあいいかとすぐに思考を戻し、ヘスティアはくるりと後ろにいる三人へと視線を向けた。


「――、我々は中に戻っています」


「ええ、お願い」


 すぐに気づいたクレアに背中を押される形で、残りの二人もその場をあとにした。

 そのさい不安そうな顔をしていたことは気になったが、理由はあとで聞くこととする。

 ヘスティアはすぐに顔を戻すと、アリアと真正面から向き合った。


「さあ、誰もいなくなったわよ」


「……魔物とは、そうったことにも敏いのでしょうか?」


「わかりやすく言ってくれる?」


 なにが聞きたいのかと問えば、彼女はしばしの沈黙ののちゆっくりと口を開いた。


「今、私があの三人をあなたから引き剥がしたいと思っていたのに、気づいたのでしょう?」


「ああ、そういうこと。別にあなたの考えを察してってわけじゃないわ。むしろ逆。あの三人、あなたのこと苦手みたいだから」


「…………そうですか」


 まあ、たぶんだけれどアリアもまたあの三人のことを好ましくは思っていないのだろうことは、なんとなく察しがついてはいた。

 だが別に、ヘスティアがアリアに気をつかう必要はなく、どちらかといえばあの三人が嫌な思いをしないための行動だ。

 だからそう伝えれば、アリアの瞳がすっと細まる。


「…………要件をお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろん。そのつもりできたんでしょう?」


 むしろ早く終わらせてほしい。

 リヒトとともにいるアルフォンスのことが気になるのだ。

 もしかしたらもう、三人と合流しているかもしれない。

 それなら早く会いに行きたいのだが……。

 そんなことを思っているヘスティアに気づいたのかいないのか、アリアは険しい顔でぎゅっとドレスの裾を握った。


「あなたはアルフォンスのことをどう思っているのですか?」


「……どうって、なによ?」


「愛しているのかと聞いているのです」


「…………なにを聞くのかと思えばくだらないわね。そんなことを聞くために、わざわざこんなところまで来たっていうの?」


 本当に人間はなぜこうも、他人のことの干渉してくるのだろうか?

 そもそもアルフォンスとの結婚が政略であることは、よくわかっているはずなのに。


「……ああ、そういうこと」


 むしろ逆か、とヘスティアは己の考えを改めた。

 政略結婚と知っているからこそ、そこに愛があるのかと問うてきたらしい。

 実にくだらないなと鼻を鳴らす。

 そんなこと、ヘスティアとアルフォンス、二人が知っていればいいだけのこと。

 なぜそれを赤の他人に伝えなくてはならないのか。

 呆れたようすのヘスティアを見て、アリアは更に顔を険しくする。

 そして腕にさらに力を込めると、ヘスティアを強く睨みつけてきた。


「アルフォンスと離婚してください」 

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