悟った。
「使用人たちの無礼は本当に失礼した。こちらで信用できるものに君の食事を作らせるよ。心配なら彼女に見張りを頼んでも構わない」
「ええ、そうさせてもらうわ。私もこの屋敷の人間を信用しているわけじゃないし」
まあそれもすぐにやめるつもりだが。
使用人たちはこの男を崇拝している者が多いようだ。
そんな人直々にお願いされて、手を抜いたりするものは中々いない。
最初の仕事ぶりだけ拝見して、あとはまるっと任せてしまおう。
「――あ、あとララの部屋を私の部屋のそばにうつして。服ももっと綺麗にして、ご飯もたくさんお腹いっぱいなるまで食べさせてあげて。あとあと私付きになるんだからお給金も弾んであげて。それで使用人たちの無礼は一旦許すわ」
「………………それでいいの?」
「……? いいわよ?」
「…………そう。やっぱり優しいね、俺の花嫁様は」
また変なことを言う。
冷めた目を向ければ、彼は意に返さずにこにこと笑っている。
「…………なにが花嫁よ」
ぼそっと呟いた言葉はアルフォンスには届かなかったらしい。
まあそれならそれでいいやとそっぽを向く。
あの結婚式場やこの屋敷で何度も耳にした。
勇者には愛する人がいる。
それなのに魔族の姫と結婚させられるなんて、命をかけて戦った彼が報われないじゃないか、と。
お相手の話も聞いた。
この国の王女であり、美しく聡明な人らしい。
彼女は勇者が旅に出る前から彼のことを支え、愛していた。
魔王を倒したら結婚しようと約束していたのに、戻ってきた彼はヘスティアと結ばれることになったのだ。
晴れて悪女の出来上がりだと鼻で笑った。
「どうかしたの?」
「…………あなた、愛してる人がいるんでしょ? 私と結婚してよかったの?」
もちろんこの結婚が両種族の和平のためなのは知っているが、それでも愛する人がいるのに他人と結婚するのはどうなのだ。
それを真正面から伝えれば、彼は少しだけ悲しそうな顔をした。
「…………そうだね。いるよ、好きな人」
「…………ふーん」
別に傷ついてなんてない。
この男に好きな人がいようがいなかろうが、ヘスティアには全く関係ないのだから。
そうだ。
この男に好きな人がいようがいなかろうが、ヘスティアがこの男を好きなことに変わりはないのだから。
ぶすっと唇を尖らせていると、そんなヘスティアに気づかずにアルフォンスは目元を少しだけ赤らめた。
「可愛い子なんだ。とある村で出会って、たくさん話をしたんだ。考え方が俺と似ていて……もっと一緒にいたいって思えた人なんだ」
「…………一応妻に他の女の話するってどうなの?」
「夫婦だからこそ好きなものを分かち合いたい……的な?」
「最低」
そんなもの分かち合おうとするなんてどんな頭をしているのだ。
呆れた顔をするヘスティアを無視して、アルフォンスは話を続ける。
「俺はね、勇者なんていわれているけれど、別に魔族に対して深い憎しみとかがあったわけじゃない。むしろ…………うん。そんな俺の気持ちをわかってくれたんだ」
知ってる。
そんなのヘスティアことティーがよくわかっている。
彼は勇者という重荷を背負わされてもなお、人間と魔族が共存する道を探していた。
魔族を恨んではいないのだと、はっきり口にしていたのをこの耳で聞いている。
だからこそヘスティアも彼の夢のためになるのならと、同族たちの未来のためでもあるが、この結婚に了承したのだ。
どこぞの見知らぬ姫君より彼の役に立っていると思うのだが、そんなことは口にしない。
情けない姿なんて、好きな人に見せたくないに決まっている。
「一緒に露店でりんごパイを食べたんだ。彼女りんごパイを気に入ってね。俺も大好きだから食の好みも合うんだよ」
ヘスティアだってりんごパイが大好きだ。
それこそ彼と一緒に食べて、魔界にあるフォティンのタルトと瓜二つで、彼から人間界の食事を教わったといっても過言ではない。
というか一国のお姫様が露店で食事ってどうなんだ、と思ったがヘスティアも立場が変わらないことを思い出してすぐに頭の隅へと追いやった。
「……ここ最近は会いにきてくれてないから、元気なのか気になってるんだ」
「…………ん? 王女から会いにくるの? 普通あなたから会いにいかない?」
謁見をするのは勇者とはいえ地位の低い彼からだろう。
それとも人間界ではそうではないのかと聞けば、彼は不思議そうに首を傾げた。
「王女? ティーは旅をしてる子だよ? 王女なんかじゃない」
「………………」
今、この男はなんといった?
ティーと、そう言わなかったか?
バッと顔を下げたヘスティアは、だらだらと流れる汗を必死に隠しつつ思考を最大限巡らせた。
つまりなんだ。
今までの会話は全て人間の姿であったヘスティアとのことで、つまり彼の好きな人は王女ではなく、ティーだったということで……。
かあっ、と顔が赤くなるのに気がついた。
下を向いていてよかったと、数秒前の己の行動に拍手を送りたくなる。
つまりつまり、彼とは両想いということらしい。
それならば隠す必要はない。
ヘスティアとティーが同じ人物だと告げてしまおう。
魔物が人間に化けるなんて、と怒られるかもしれないが、魔族にそこまで偏見のない彼なら見捨てたりはしないだろう。
下げた時と同じくバッと顔を上げたヘスティアが口を開くよりも早く、アルフォンスがキラキラした瞳で告げた。
「次に会ったらもう離さない。二度と離れられないように屋敷に閉じ込めるつもりなんだ。彼女は嫌がるかもしれないけれど、ふらふらするティーが悪いと思わない? 本当に可愛くて素敵な子だから、他のやつに目をつけられる前に俺のものにしなきゃ」
ね、そう思うだろ。
と告げられたそれに、ヘスティアはそっと顔を伏せた。
『あ、これだめだ』
己の正体を告げることだけはしてはいけない。
自由がないどころか最悪手足すらもぎられそうな勢いだ。
それくらいアルフォンスは本気の顔をしていた。
ぷるぷると震えるヘスティアに気づくことはなく、アルフォンスはいかにティーが好きかを熱弁するのだった。
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