ねこねここねこ
その後もぷるぷると震えるヘスティアに、いかにティーのことが好きか、彼女と今後どうしていきたいかを熱弁してくれた。
「もちろん俺の花嫁様のことは大切にするよ。君がいてくれるから、魔族との関係も良好にできるのだし。望みはなんでも叶えるよ」
「…………最低野郎の自覚ある?」
「んー……こればかりは、己の気持ちに嘘はつけないから」
「……………………やっぱり最低野郎じゃない」
結婚して大切にはするけれど愛してはくれない。
理想的な政略結婚だなと思いながらも、強く否定できないのは彼が愛している相手が人間に化けたヘスティアだからである。
なんだこのぐちゃぐちゃな関係は。
お先真っ暗だなとため息をついた時、遠くからなにやら騒がしい声が聞こえ出した。
「――……なに?」
「…………なにかあったのか」
ざわつきはやがて大きくなってヘスティアの耳に入る。
人よりも少しだけ出来のいい耳は、普通はしないであろう音を捉えた。
ガバッと勢いよく立ち上がると、ヘスティアは急いで窓へと近づき開いた。
「ヘスティア!?」
迷っている暇はない。
アルフォンスから止めるような声がしたけれど関係ない。
窓枠に足をかけ、二階にある部屋から飛び降りる。
瞬時に翼と尻尾を出せば、大空へと舞い上がりそのまま目的の場所へ向かう。
そこはこの屋敷の真正面、中央に噴水がある広々としたところだった。
「――あいつ!」
ばさりと翼が音を立てて、土埃漂うその場所へと舞い降りる。
ちょうどそのタイミングでアルフォンスもやってきて、彼が二階から飛び降りてきたのだと理解した。
流石に腐っても勇者か、と横目で見つつ、すぐに騒ぎの元凶へと視線を向ける。
「アルフォンス様っ!」
乾いた土の上に転がっているのは侍女長だ。
彼女は髪をぐしゃぐしゃにし、涙でへばりついた土埃を顔につけながら、やってきたアルフォンスに手を伸ばす。
助けてほしいのだろう。
まあ無理はないかと、ヘスティアは動けない彼女の上を見た。
ふくよかな侍女長以上に太い白毛にまみれた前足。
鋭く伸びた爪が今にも事実長の喉を掻っ切りそうだ。
彼女の体を地面へと押し付けるようにしているそれは、明らかに人間界にはふさわしくないもの。
「――魔物がなんでここに!?」
「…………キューマ」
金色に光る釣り上がった瞳に、鋭く大きな牙を光らせる口元。
頭の上には三角形に尖った耳があり、胴の先には長くてうねる尻尾がついている。
魔界ではキューマと呼ばれる存在が、そこにはいた。
「わ! おっきなにゃんこ!?」
「――、ララ。危ないから下がってなさい」
慌ててやってきたのだろう。
息の上がるララを安全なところまで遠ざけて、ヘスティアは腕を組んでキューマの様子を見る。
どうもおかしい。
キューマは確かに縄張りに入った者には凶暴だけれど、ここは人間界だ。
それにあの大きさ……。
考え込むヘスティアを庇うようにアルフォンスが一歩前に出て、その腰から剣を抜いた。
「ヘスティア下がって。ここは俺が」
勇者として魔王に挑んで死んでいないのだから、彼の実力ならなんら問題はないのだろう。
だがしかし、そういうことではないのだ。
ヘスティアは二歩前へと出て、アルフォンスに背中を見せる。
「あなたこそ下がってて。このキューマは私が相手をするわ」
「危険だ! あれは興奮していていつ人を傷つけてもおかしくはない!」
「危険? あんな子供が?」
「――え?」
ああ、とアルフォンスの反応を見て納得した。
彼らにはキューマの本当の姿が見えていないらしい。
ならなおさらヘスティアがいかなくてはと、彼を置いてキューマへと近づく。
ぐるるるるっと喉を鳴らして威嚇するその姿は、確かに恐ろしい。
人間程度あの牙ならば一瞬で食われ、鋭い爪で見るも無惨に引きちぎられることだろう。
だがしかし、相手はこのヘスティアである。
魔王の娘であり、上位種にあたる存在。
興奮状態のキューマの前に立つと、片手を腰に当て余裕な表情を見せる。
「お前。どうしてここにいるのかは知らないけれどそれ以上はやめなさい。いま人間を傷つけてはダメよ」
――グルルルルッ
「なに? 私の話が聞けないっていうの?」
耳の奥でキーンッと音が鳴る。
それは合図であり、警戒音でもあった。
ヘスティアの赤い瞳が黄金色に光り、瞳孔が鋭く縦に伸びる。
魔物には魔物のルールがある。
それは血に刻まれたものであり、余程強い意志のあるものでなければ覆すことはできないとされていた。
血が濃ければ濃いほど、魔物としての質が高ければ高いほど下のものは逆らえなくなる。
そういう意味ではヘスティアに敵うのは魔王くらいなものだろう。
案の定キューマはヘスティアの覇気に気圧され、キュッと小さく鳴くと後ずさる。
そのままずるずると体を縮こませると、やがてゆっくりと萎んでいく。
「…………え、」
「ちっちゃいにゃんこになった……」
「みゃぅ」
耳までぺしょんとさせて落ち込んでいる姿に、流石のヘスティアも威圧するのはやめた。
すぐに瞳を赤色に戻し、地面に転がるキューマの首根っこを掴み持ち上げる。
真っ白な毛に青色の瞳。
胸元の毛だけ赤くなっており、ところどころ茶色く汚れている。
見た感じ生まれてまだ数ヶ月というところだろう。
親が近くにいないのを見ると、どこぞの魔物商人に密輸されていたのを逃げたのか。
「お前、母親は?」
「…………みぃ」
「言葉わかるの?」
「はぁ? わかるわけないでしょ」
けれどなんとなくの反応でわかることもある。
やはり近くに親はいないかとそのまま抱き抱えると、踵を返して部屋に戻ろうとした。
「ちょ、ヘスティア!?」
「なによ。というかあなた私の名前知ってたのね」
「そりゃ知ってるよ! そうじゃなくて、それどうするの?」
「どうって……部屋に連れて帰るのよ」
弱ったままにはできない。
部屋に連れて帰りいろいろ世話をしなくては。
面倒だとため息をつきつつ、腕の中でごろごろと喉を鳴らす存在をそっと撫でてあげた。
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