二度目まして
「………………」
「……………………」
「………………………………ぶはっ!」
目の前で吹き出すとか失礼すぎないか?
とヘスティアはパンを噛みちぎりながら思う。
そもそも先ほどの話ではこの男は謝りにきたはずなのに、人を見て笑い出すとかなんなのだ。
結構な大きさのパンが口の中に入っているため文句は言えないが、不満は視線で訴えた。
じとっとした瞳を向けられて気がついたのか、アルフォンスはにこっと微笑むと、そっとヘスティアと対峙する形で椅子へと腰を下ろす。
「失礼。あまりにも可愛らしかったので。昨夜も失礼した。酒に弱くて……それなのに祝いの席だからと飲まされてしまって、つい先ほど目が覚めたんだ」
「…………ふーん」
なんだそうか。
昨夜来なかったのはこの結婚への無言の抵抗とかではないのかと、ヘスティアは本人も気づかぬ間に口端が上がる。
まあ来なかったことは本来ならば死罪にしてもいいほどの重罪だが、体調不良ということならば致し方ないと腕を組み、ちらりとアルフォンスの方を見た。
「……まあ、そういうことなら許してやらないこともないわ」
「…………本当に? 怒ってたんじゃ……?」
「怒ってるわよ。あなたがこなかったせいで私はここの使用人たちに馬鹿にされてるんだもの。……でも体調悪い中こられても迷惑」
結婚初夜から看病なんてごめんだわ、と伝えれば彼は束の間驚いたように目を見開いた後、にこりと笑う。
「看病してくれるんだ。優しいね、俺の花嫁様は」
「はぁ? 看病なんてするわけないじゃない。だいたい――……ちょっと待って。今なんて言った?」
「なんて? 優しいんだね、俺の花嫁様はって」
「――」
思い切りドン引きした顔を向けてしまっても致し方ないと思う。
なんだその呼びかたは。
そんなふうに呼ばれるくらいならまだ名前で呼ばれたほうがマシだ。
急いで訂正しなくてはと話し出そうとしたヘスティアよりも早く、アルフォンスが口を開いた。
「そういえばこの食事はどうしたの?」
「あの、これはっ」
「あなたのところの侍女長や料理長がまともなご飯を用意してくれないから強奪してきたの。そういえばこのパンあなたのお昼ご飯だったみたい」
悪いことしたわね、と言いつつパンにジャムを塗れば、彼は途端に怪訝そうな顔をした。
怒ったのかとも思ったけれど、すぐに視線を下女へと向ける。
「君は?」
「わ、私はっ」
「その子は私の専属よ。食事にいろいろ入れられてるの気づいて、自分の食事を代わりに持ってきてくれたの」
「いろいろ……? それに代わりって…………」
テーブルに置かれている質素を極めた食事を指差せば、もっと眉間に皺がよる。
もぐもぐと口の中のパンを咀嚼し飲み込んだあと、そばにあるりんごを手にとった。
「気に入らないんだって。妻としての責務も果たしていない女が偉そうにって」
「…………それは、……失礼した。俺から言い聞かせておこう」
言うと思った、とヘスティアはりんごを齧りながらテーブルを一度強めに叩いた。
アルフォンスの視線が自分に向けられたことを確認してからゆっくりと口を開く。
「余計なことしないで。あなたが言い聞かせたとて、影でなにされるかわかったもんじゃないわ。それにね、私は舐められたままなのは嫌なのよ。生意気なやつは私の手で調教するわ」
アルフォンスに言われたからって陰であれこれされたらその方が迷惑だ。
今のように真正面からやられる方が、こちらとしても対用できるというもの。
だから余計なことをするなと言えば、彼は困ったように首を傾げた。
「しかし、これじゃあ……」
「食事はこの子に用意させるわ。あなたは信頼できるところに私用の食品を用意させて。それでそこにまで手を出そうとするなら、心置きなくクビにでもなんでもできるもの。……それより」
ヘスティアはビシッと下女の食事を指差す。
具材もほとんどないスープに、カチカチのパン。
粗末極まりないそれを、アルフォンスの瞳に映させた。
「あなた、この使用人用の食事見て何とも思わないの? こんなの魔界の家畜ですらもっといいもの食べてるわよ。見なさい。こんなに痩せ細って服もボロボロ。この屋敷は使用人にまともな食事も出せないのかしら?」
「いや……そんなはずはない。きちんとした食事が摂れるよう、予算は割り振っているはずだ……」
「ならあなたの責任ね。使用人の管理が甘いのよ」
りんごを食べ終わり、芯だけになったそれをポイと捨てる。
流石に主人の前だからか固まり続けている下女の前に、もう一度パンやらりんごやらを置いていく。
「ほら食べなさい」
「で、ですが奥様……」
「こいつは放っておきなさい。今のあなたは食事を優先」
「あぅ……はぃぃ」
もぐもぐとパンを食べ始めた下女を見て満足しつつ、そういえばと疑問を投げかけた。
「あなたの名前聞いてなかったわ」
「んぐ、っ……失礼いたしました! ララと申します」
「ララね。これからよろしく」
「はい!」
一人でも味方ができたのはありがたい。
この全員敵ともいえる屋敷で、信頼できそうな人がいるのは心的にもだいぶ救われる。
ほっと息をつきつつ腹も満たされたとパンから手を離せば、そんなやりとりを見ていたアルフォンスが穏やかな瞳を向けてきた。
「花嫁様は優しいね」
「…………どこが?」
「わからないならいいよ。俺がわかってればいいだけだから」
なんだこいつは。
意味がわからないといいたげな表情を見せても、アルフォンスの笑顔が崩れることはない。
フィンと名乗っていた時とは明らかに違う、取り繕ったような様子に、ヘスティアはふんっと鼻を鳴らした。
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