ゆっくりと
そうして訪れたパーティーの日。
ヘスティアは来賓としてアルフォンスと共にいた。
ちなみにクレア、ルナ、エリーとは今は別行動だ。
流石に勇者の登場になにもないわけもなく、呼ばれるまでの少しの間、会場の外で待っている。
「大丈夫? 立ってるの辛いとかない? もしあれならどこかに座ってても……」
「大丈夫よ。このくらいなら余裕」
「そう…………ごめんね」
「…………」
なんであなたが謝るのだと口にしようとしてやめた。
これを言ってもどうせアルフォンスは、また謝罪するだろうから。
「……気にしてない」
「…………うん」
だからそれだけを伝えて、ヘスティアはちらりと周りへと視線を向けた。
そこには悪意があった。
明確な、こちらを射抜くようなそれに、しかしヘスティアは顔色を変えることはしない。
なぜなら覚悟をしてきたことだったからだ。
少なくとも好意的な視線を向けられることはないだろうと思っていた。
魔物で、魔族の姫で、この国の勇者と政略結婚した女。
この国の貴族が嫌う理由はたくさんある。
だからこそこっそりと話をされ、じとっとした視線を向けられるのも致し方ないだろう。
まあ実害がないのなら放置しようと思っているのだが、アルフォンスはそうは思えないらしい。
悲しげな表情をしている彼を見て、ヘスティアはその額を軽くこづいた。
「馬鹿ね。最初なんてこんなもんでしょ。――これから、ゆっくりでもいいからなくしていけばいいのよ」
「ヘスティア……。うん、そうだね。ありがとう」
「礼言われるようなことしてないわ」
「してるよ。君は優しいから」
「はいはい」
このやりとりも何度目だとため息をついていると、やっと名前が呼ばれた。
ヘスティアは差し出されたアルフォンスの手に、己の手を乗せると一緒に会場へと入る。
「――、」
先ほどまでのものとはレベルの違うそれに、流石のヘスティアも一瞬だけ瞳を細めた。
しかしすぐに表情に笑みを浮かべ、余裕のあるフリをする。
こんな序盤で負けるわけにはいかない。
ヘスティアは痛いくらいの視線を無視して、足を進めた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
「……きたか。今日の主役はそなただ。ゆるりとするがいい」
「ありがとうございます」
偉そうに、と思いながらも頭を下げる。
無能だろうとなんだろうと、この男がこの国の長であるのならば最低限の尊重はしなければならない。
致し方ないと礼をしつつ視線を感じた方をちらりと見れば、そこにはリヒトがおり目が合う。
「…………」
にっこりと意味ありげに微笑まれたけれど、すぐにめを離した。
関係性があると思われることすら嫌だからだ。
だから無視することにしつつ下げていた頭を上げ、国王の前から去ろうとしたその時。
王が思い出したように口を開いた。
「そうだ勇者よ。魔族の姫をきちんと監視しておいてくれ。暴れられるのではと恐れる者もいるのだ」
「――御言葉ですが陛下!」
「勇者。これはみなの意見なのだ。理解してくれ」
「…………」
隣でアルフォンスが力強く唇を噛み締めているのがわかる。
言い返したいのに言い返せない己に腹が立っているのだろう。
そんなふうに思わなくてもいいのにと、そっと彼の手を握る。
その手は強く握られ震えていて、馬鹿だなと思うと共になぜか愛おしさが胸に込み上げてきた。
彼にこんな顔をさせるなんて。
ヘスティアはゆっくりと首を回し、王へと口的に笑みを浮かべる顔を向けた。
「ご安心ください。この程度の建物なら指先一つで壊すことができますが、勇者がいる限り危害を加えることはありません」
「………………そうか」
暗にアルフォンスのおかげで生きていられているのだぞと教えたつもりだったが、どうやら伝わったらしい。
苦々しい顔をする王に、ヘスティア今一度微笑みを向け、すぐにその場を後にする。
ひとまず人混みから離れたところまでアルフォンスを連れていき、繋がっている手を解いた。
「全く。あれでよく和平なんて受け入れたわね」
「……俺が瀕死になって後がないとわかったんだ。勇者でなければ魔王に打ち勝つことはできないから」
「ならもっとあなたの意見を聞くべきだと思うけど」
まあ今さらこの話をしても無駄かと早々に止めることにした。
あの王の偏屈は今に始まったことではないのだろう。
それにあの歳では余程のことがない限り変わることはないはずだ。
まあ、ヘスティアなら勇者、魔王共に瀕死の重傷、だなんて余程のことだとは思うのだが。
「…………そういえば、ごめんなさい」
「え? なにが?」
「………………あの王の言いかたにムカついて、人間たちを脅すようなこと言っちゃったから」
「ああ、でもあれは」
「私は! 魔族と人間が争わなくていいようにするためにここにきたのよ。それをあんなふうに言ってしまうなんて……」
まだまだだなと己の不甲斐なさを悔いていると、アルフォンスはゆったりと口を開く。
「君だけが背負う必要ないよ。それにあれは流石の俺もムカついたし。……ゆっくり、やっていこう?」
「…………そうね」
まさか自分が伝えた言葉が返ってくることになるなんて思ってもいなかった。
無意識のうちにでも抱え込んでしまっていたのだろうかと、肩をすくめているとそんなヘスティアの隣にアルフォンスは立つ。
「似てるね、俺たち」
「…………どこがよ」
似たもの夫婦なんてごめんだと言えば、アルフォンスはただ笑うだけだった。
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