タイプじゃない
「…………」
「………………」
ぴりぴりと肌がざわつく。
産毛が逆立つような感覚に、しかしヘスティアはにっこりと笑う。
なぜならそれはお互い様だからだ。
アリアもまた同じようにこの嫌な感じを覚えているのだと思うと、口端が簡単に上がった。
笑うヘスティアとは対照的に、アリアのほうはどんどん顔色が悪くなってくる。
「……あなたが魔物の姫ですね。はじめまして、この国の王女、アリアと申します。アルフォンスとは彼が勇者になる前からの仲です」
「あら、奇遇ね。私も王女で、アルフォンスとは夫婦よ」
「――」
「――」
「こらこら。やめなさい」
不穏すぎる空気を感じとったのか、アルフォンスがヘスティアの腕を掴み一歩下がらせる。
それにむっとしたヘスティアは、彼をじろっと睨みつけた。
「なによ。なんでやめさせるのよ」
「今は国王に会うのが先だよ」
「女にはやめられない戦いがあるのよ」
ここでヘスティアが引き下がることなんてできるわけがない。
きちんとアリアにわからせなくてはならないのだ。
アルフォンスは、ヘスティアのものであると。
彼の手を振り払いもう一度牽制しようとするが、それを察知したアルフォンスに後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「――っ! な、な、なななにしてるのよ!?」
「はいはい、ストップストップ。落ち着いて落ち着いて」
「お、落ち着く!? この状態で!? あなた馬鹿じゃないの!?」
どうしてこの状態で落ち着くことが出来ようか。
彼の熱を背中に感じて、腹の辺りに回された腕に嫌というほど意識を向けてしまう。
ほんのり香る爽やかな香りや、耳に触れる息遣い。
そのどれもこれもに、ヘスティアはカッと顔を赤らめた。
「は、離しなさい!」
「離したらまた喧嘩しに行くでしょ?」
「しないわよ! だから離しなさい!」
「えー、でも……」
「離しなさいってば! も、お願いだから……っ、は、――はなしてぇ……」
ほんのりと嬉しさはありつつも恥ずかしさの方が勝ったヘスティアは、最終的に泣きそうな声を出してしまう。
それに気づいたアルフォンスが少しだけ悲しげな表情を見せる。
「……そんなに俺が触れるのは嫌?」
「はあ!? あなた馬鹿なの!? 恥ずかしいだけって普通わかるでしょ!?」
どうしてそうなるのだと若干怒りをあらわにすれば、対照的にアルフォンスの顔は嬉しそうにほころんだ。
「そっか。じゃあもう少しこのままでいようか。なれないとね、色々」
「馬鹿っ!」
もう無理だと腹に回る腕を引き剥がして、ヘスティアはアルフォンスからも距離を取る。
騒ぎすぎて荒れに荒れた息を整えつつ、うるさいくらい高鳴る心臓に手を置いた。
最悪だ。
絶対に今、顔が赤いはず。
こんな姿をアルフォンスやリヒト、そしてアリアには見せたくなかったのに。
きっと強くアルフォンスを睨みつければ、彼は対照的ににっこりと微笑む。
「あなたなに考えてるの?」
「これくらい夫婦なら普通じゃない?」
「…………そうなの?」
「そうだよ」
人間の夫婦とはそういうものなのだろうか?
いやしかし、ヘスティアには絶対に無理だ。
なぜなら恥ずかしすぎるから。
だがこれが普通だというのなら、いずれはなれなくてはいけない。
人間界に住んでいるのだから、そこでの暮らしに溶け込まなくては。
だが恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
うんうんと悩んでいるヘスティアの元に、二人のやりとりを傍観していたリヒトがやってくる。
「二人は仲がいいんだね」
「――もちろん。新婚ですから」
そう返すアルフォンスは表面上は普通だが、明らかにリヒトを警戒している。
本当にこの二人の間になにがあったのだろうかと訝しんでいると、リヒトは己の顎に手を当てつつ楽しそうに口を開いた。
「けれど噂になっているよ? 二人が夜を共にしたことはない、ってね。結婚初夜もすっぽかしたんだって?」
「…………ただの噂です」
「そうかな? 今のやりとりを見てて思ったよ。まだチャンスがありそうだな……って」
「ご冗談でもそのお言葉はいかがなものかと」
「ごめんごめん。さ、父上に会いに行こう」
踵を返すリヒトの後ろを、アリアもついていこうとする。
だがその前にちらりとこちらを見たかと思うと、まるで勝ち誇ったかのような微笑みを向けてきた。
その顔を見て、ヘスティアはすっと瞳を細める。
「……人間って他人の生活にやけに興味を示すのね。――気持ち悪い」
「人間というより…………」
「…………なるほどね」
どうも気にしているのはアルフォンスだけではないようだ。
リヒトもリヒトでアルフォンスの行動に注視しているらしい。
だからその妻であるヘスティアにもちょっかいを出してくるのだろう。
迷惑なことこの上ない。
「……こんなこと言うのもどうかと思うけど、あまり王太子殿下と二人きりにならないようにしてほしい」
「頼まれたって嫌よ。あいつ私に『想像よりも美しい』って言ったのよ? なに勝手に人のこと妄想して決めつけてんのよ気色悪い。そういう時はただ美しいって言えばいいのに、絶対モテないわよあいつ」
「……そんなことはないと思うけど…………そっか」
こくんと頷いたアルフォンスは、どこか嬉しそうにしている。
なぜそこで喜ぶのか理解はできなかったが、まあいいかと足を進める。
やっと本題の国王に会えるらしい。
なにを言われることやら。
ヘスティアは胸を張り堂々とした振る舞いで王宮を進んだ。
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