正直キレてた

「国王陛下にご挨拶申し上げます」


「…………」


 アルフォンスと一緒に頭を下げれば、玉座に座る初老の男は軽く手を上げ頷いた。

 そしてすぐに頭を上げるよう言われたので従えば、目の前の男はヘスティアを上から下へとまるで観察するように見つめる。


「……それが魔物の姫か」


 ぴくり、と眉が動く。

 仮にも和平を結んだ他国の姫を、これ呼ばわりとはいかがなものか。

 どうやらこの国の国王は想像よりも魔族を嫌っているらしい。

 まあそれは致し方ないことではある。

 双方共に被害は甚大で、未だ自国に帰れぬものも多い。

 だかしかし、少なくとも魔王ならこのような態度はとらないだろう。

 大の人間嫌いである父ですら、流石に他国の王族にはそれ相応の対応をするはずだ。

 つまりは今目の前にいるこの王は、魔王の足元にも及ばない小物であると断言できる。

 ヘスティアは瞬時にそう理解し、この国の国民たちを憐れんだ。


「私の妻である、ヘスティア・クロスハートです」


「ヘスティアと申します」


「………………そうか」


 心底興味のなさそうな声に、ならなんでわざわざ呼びつけたのだと無理やり微笑みの形を作る口が揺れる。

 こんなやつ両国の和平とアルフォンスさえいなければ、今この瞬間にも血祭りにしていたというのに。

 我慢だ我慢。

 ここは我慢だぞ、と何度も心の中で呟いた。


「それよりも勇者よ。先ほどの話だがな、そなたがいない時に吟味してな、結論を出した」


「私が助けた魔物たちのこと、国王陛下におかれましてはご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません」


「まあよい。他でもないそなたの願いだからな」


 当たり前だ。

 アルフォンスは瀕死の重傷を負うほど、この国のために戦った勇者。

 本来ならもっとわがままを言ってもいいほどなのだ。

 というより、この申し出はアルフォンスのわがまま云々より、両国の未来のためのもの。

 受け入れずしてどうするというのだと王を見ていると、彼は蓄えられた真っ白な顎髭をゆっくりと撫で付けた。


「とはいえな、未だ魔界には捕らえられた人間が数多存在している。彼らのことを思うと、わしは夜も眠れるのだ」


「――どういう意味でございましょうか」


 なんだ?

 なんだか雲行きが怪しいぞ、とヘスティアは国王の顔をじっと見つめる。

 その表情はどこか楽しげで、あまりの気持ち悪さに背中がふるりと震えたほどだ。

 少なくともヘスティアは、今この会話の中で面白いと思えたことは一度もない。

 王は愉快だと言いたげな表情を隠すことなく、両手を上げまるで劇のように語りかけてくる。


「わしはあの魔物たちを交渉の材料に使おうと思う。ただ返すだけではもったいない。あれらを返して欲しければ、魔界に捕らえられた人間たちをもっと返すよう、魔王に申し出るつもりだ」


「――!? そのようなこと、決してしてはなりません! そもそも魔王は今もなお、魔界に捕らえられた人間を返すよう尽力しているではないですか! この間も……」


「しかし、しかしだ勇者。人間界に捕らえられた魔物より、魔界に捕らえられた人間の方が数が多いのだ」


「それでも魔王はかなりの人数を助け出して――」


「勇者! わしの命令が聞けぬというのか!?」


「…………っ、ですがっ、」


 なんだこの茶番は。

 この国王は一体なにがしたいのだと、ヘスティアはたまらず腕を組む。

 確かに魔界に捕らえられている人間たちはまだまだおり、そこに関しては本当に申し訳なく思っている。

 だからこそ魔王は魔界全土に対して、人間たちを解放するよう命令しており、実際かなりの数の人間たちが母国へと帰ることを許されていた。

 だが逆はどうだ?

 確かに母数的には少ない人間界に捕らえられている魔物たちではあるが、それにしても帰ってくる量が極端に少ない。

 そこは常に疑問ではあったが、なるほどこの国王ならばそうなっても致し方ないかと妙に納得できてしまった。


「とにかく魔王には人間をもっと多く返すよう使者を送る!」


「――、しかし、それでは……」


 アルフォンスが命をかけて平和を繋げたのに、そんな手紙をもらっては魔王がいつこの約束を反故にしてもおかしくはない。

 常に冷静沈着な魔王であっても、堪忍袋というものはある。

 彼が激昂した時は恐ろしく、少なくともこの国程度なら一瞬で灰と化せるであろう。

 アルフォンスは魔王の力を肌で感じた唯一の男であり、その恐ろしさをよく理解しているはずだ。

 だからこそなんとか止めたいのだろうが、のうのうと生きてきたこの平和ボケした老人にはわからないらしい。

 己のしたその選択で、この国が滅ぶということが。


「――ふふ、」


「……なにがおかしい、魔物の姫よ」


「あらごめんなさい。ついつい、あまりにも頭の悪い会話をなさっていたので面白くて」


「なんだと――?」


 途端に国王の顔が険しくなる。

 流石に馬鹿にされたことには気づいたらしい。

 全くもってその通りなので、むしろもっと顔を怒りに染めてほしいくらいだと胸を張る。

 とても腹立たしいのだ。

 この男が。

 アルフォンスが命をかけて紡いだ平和を、己の欲望のためだけに崩そうとするこの国王が。

 ヘスティアがこの身をとしてでも叶えようとした、両国の繋がりを断とうとするこの老人が。

 心底腹立たしくて、ムカついた。

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