ナメるな

「一つ忠告しておくわ。今回の件、早々にアルフォンスのいう通りに行動したほうがいいってね」


「ふっ。魔物の姫は悲しいことに知能が低いらしい。流石は魔族ということか」


 どうやらこの王宮にヘスティアの味方はいないらしい。

 今になって勇者一行の三人が、あんなに心配していた理由がわかる。

 なるほどこれはやはりあの三人を連れてこなくて正解だったようだ。

 こんな陰湿な場所に、勇者の仲間がいるのはふさわしくない。

 そしてそれは、勇者もだ。


「馬鹿はどっちよ無能王」


「――な! 貴様っ!」


「勘違いしないで。私は確かに勇者に嫁いだけれど、この身は魔族の姫であり、あの魔王の娘よ。私になにかあれば魔王はこの国くらい簡単に滅ぼすわよ」


 むしろ軍を率いて人間全てを滅ぼすだろう。

 その引き金を引いてるのはお前だと、ヘスティアは暗に告げているのだが果たして理解しているのかいないのか。

 人間の王はなわなわと体を震わせるだけだ。


「あなたたち理解してないみたいだから教えてあげる。今この世界で魔王に太刀打ちできるのは勇者だけよ。その勇者の言葉を無視して動くなんて、得策とは思えないわ」


 魔王は昔から、勇者という存在に強い興味を示していた。

 強く美しいあの人は、その強大すぎる力ゆえ常に孤独や焦燥感を感じていたらしく、そんな自分を討ち滅ぼす存在だと言われている勇者に、曰く憧れに似た感情を持っていたのだ。

 だから彼が強くなるまで待ち、魔王城で一対一の真剣勝負を行った。

 ただそれは、勇者という存在に敬意を払ってのこと。

 少なくとも魔王の目に、人間なんてものは映っていない。

 だからいつでも壊せる。

 この世界全てを。

 ――アルフォンスがいなければ。


「魔物を魔界に返して。それをしないのなら、私が勇者を抱えてでも彼と共に魔界に行くわ。そうなったらきっと、和平は反故にされる。あれは魔王が勇者との間にした約束。その勇者が人間界にいないのなら、魔王は全ての力を持ってして人間界を潰すわよ」


「――」


 ここまでいえば流石にわかったのか、王の顔がさっと青ざめた。

 その表情になんとなく胸がスカッとしていると、隣に立っていたアルフォンスが少しだけ慌てる。


「ヘスティア、俺はっ……」


「わかってるわよ。あなたがこの世界を守ろうとしていることくらい。でもね、よく聞いて。あなたは勇者としてもう、この世界を救ってるのよ? 魔王と和解なんて簡単なことじゃないの。それを成し遂げたあなたをぞんざいに扱うなんて、この私が許さないわ」


 例えば魔王が討たれてしまえば、魔族たちは頭を失い大混乱に陥っただろう。

 その隙に何人もの犠牲が出たはずだ。

 では逆に勇者が討たれたら。

 魔王は人間というものに興味の一切を失い、全ての力を持ってして人間界を終わらせただろう。

 つまりアルフォンスのした行動によって、魔界も人間界も救われたのだ。

 だというのにそれを理解していない愚か者に、優しくしてやる義理などない。


「……あなたはきっと嫌がるでしょうね。私を恨むかしら? それでも私はあなたの妻として、なすべきをなすわ」


「………………ヘスティア」


「恨まれようが憎まれようが、あなたが生きていることが第一優先だもの」


 このままこの国にいたのでは、いつかアルフォンスは壊れてしまう。

 彼の理想や信念を掲げるには、この国では相性が悪い。

 今みたいに我慢に我慢を重ね、最後は自分のせいだと、自分が不甲斐ないからだと思い詰めてしまいそうで、正直見ていられないのだ。

 悲しそうな顔をするアルフォンスから視線を引き剥がすと、ヘスティアは苦々しい顔をする王を睨む。

 ここで負けるわけにはいかない。

 あの魔物たちのためにも、世界の平和のためにも、――アルフォンスのためにも。


「どうするか今決めなさい。私ならここから勇者を抱えて魔界に行くのに、半日もかからないわよ」


「――っ! ………………わかった。魔族は返そう」


「初めからそうしてればいいのよ。下手に欲なんて出さずにね」


 ふんっと鼻を鳴らせば、とたんに王の顔がさらに険しくなった。

 最初はアルフォンスのためになにを言われても我慢しようと思っていたけれど、もう知ったことではない。

 元よりこのような扱いをされているのなら、むしろ知らしめなくてはならない。

 人間の平和を守っているのは王ではなくアルフォンスであるのだと。


「話が以上なら帰らせてほしいのだけれど?」


「――……。いや、まだある。一週間後、王宮内でパーティーを行う。勇者が密売人を倒したと話題になっていてな。その功績を讃えるパーティーを開く。そなたたち二人に、あー……勇者一行も参加するといい」


 なるほどこれは、いろいろ裏のありそうなパーティーだなと束の間考える。

 つまるところ王族側は、アルフォンスを使って貴族や国民たちにパフォーマンスをしたいようだ。

 勇者の功績を認め、彼の苦労を労わる心優しき王族だ、と。

 嘘もいいところだなと思いながらも、流石にこれも突っぱねるのは双方の関係値的にもよくないだろう。

 ちらりとアルフォンスを見れば視線があったため軽く頷く。

 彼も同じように頷いて、王に頭を下げた。


「ありがとうございます。謹んで参加させていただきます」

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