ひと目見てわかる
ヘスティアがアルフォンスと共に王宮を歩いていた時のことだ。
「……気にならないの?」
「なにが?」
「…………王太子殿下とのこと。花嫁様は鋭いところあるから、気づいてるのかと思った」
気づいているかいないかで言えば、気づいているに決まっている。
あんなにわかりやすく態度が違うのに、むしろ気づかないわけがないとアルフォンスへと振り返った。
「………………気づいてる。でも聞かない」
「え、なんで?」
「あなた……自分の顔、自覚ある?」
「顔? なんか変?」
「それはもう、ものすっごく」
「え、」
ぱっと己の頬を両手で包むように触ったアルフォンスに、ちょっとだけ可愛いとか思ったのは内緒だ。
髪型が崩れないよう気をつけながら軽く頭を振り、煩悩を払ってからヘスティアは軽く肩をすくめた。
「そんな顔してるやつから無理やり聞く趣味ないわよ。……まあ、話したくなったりしたら聞いてあげてもいいわ」
今は興味ないと答えれば、アルフォンスの左右で色が違う瞳が小さく揺れる。
なんだその反応は。
無理やり聞き出すやつとでも思っていたのかと唇をへの字に曲げていると、それとは対照的にアルフォンスは口端を上げた。
「――ありがとう。花嫁様は本当に優しいね」
「その呼び方やめて」
「遅れたけどドレス似合ってる。かわいい」
「………………あっそ」
「今度一緒に買いに行こうか。ついでに外で食事しよう」
「それって……」
ヘスティアとアルフォンスは夫婦である。
夫婦らしいことはなに一つできていないが夫婦である。
そんな二人が一緒に出かけるということは、それすなわちデートではないか?
いや、デートだ。
これは間違いなくデートである。
ヘスティアは瞬時にそんな考えを頭の中で巡らせ、ほんのりと頰を赤らめた。
「――ちゃ、ちゃんとエスコートしなさいよ。…………楽しみにしてるから」
「もちろん。……美味しいもの食べようね?」
「…………ん、」
こくんと頷いたヘスティアの手をとって、アルフォンスは歩き出した。
なんだかわからないけれど、調子が戻ったようで安心する。
今から国王に会うのだから、下手な真似はできない。
さあ決戦だ、と意気込んで歩くヘスティアたちの前に、見知らぬ人と話すリヒトが現れた。
「あ…………忘れてた」
「こら」
ぎゅっと手を握られて、ハッとしたヘスティアは慌てて手を払い除けた。
もちろん名残惜しさはあれど、二人っきりならばまだいいが人前では流石に恥ずかしい。
払われた手を残念そうに見るアルフォンスを無視して歩けば、ヘスティアに気づいたリヒトが笑顔を向けてくる。
「ちょうどよかった。紹介しよう。私の妹、アリアだ」
そう言って自身の前に立つ女性を紹介したリヒトに、ヘスティアはあっ、と動きを止める。
ヘスティアにしてはめずらしく、その人のことを知っていた。
アリア・エーテルナ。
この国の王女であり、リヒトの双子の妹。
彼と同じ眩しいくらいの金髪と、宝石のような緑色の瞳を持つ女性。
神に愛され神を愛した彼女は回復魔法に長け、勇者一行と行動を共にしたこともあるらしい。
とはいえ流石に相手は王女。
魔族との戦いにより傷ついた人たちを治すため向かった村で一緒にいた程度であり、お世辞にも勇者一行の仲間とは言えないはずだ。
まあ多少は役に立ったのだろうが、回復魔法ならエリーも使える。
だというのに勇者の傷を治した慈愛の王女と呼ばれ、あまつさえアルフォンスの想い人だなんて言われているのはいかがなものか。
そんな思いでなんとなく身構えたのだが、そんなヘスティアを見向きもせず、アリアはアルフォンスへと駆け寄り彼の胸に飛び込んだ。
「アルフォンス! ――やっと、会えました。ずっとずっと、お会いしたかったんです!」
「ちょ、王女殿下……」
上目遣いでアルフォンスを見るアリアのなんと可愛らしいことか。
きっと世の男たちなら見惚れてしまうのだろう。
だがしかし。
ヘスティアは女だし魔族だ。
だからそんなものは関係ないと二人へと近づき、アルフォンスの腕を引っ張りながら二人の間に割って入った。
「――」
「――」
空気が凍る。
触れれば切れるような冷たい雰囲気の中、ヘスティアとアリアはじっと見つめ合う。
先ほどの二人のやりとりで大体理解できた。
どうしてアルフォンスがアリアに恋をしているなんて噂が流れたのか。
それは全て彼女の差金だろう。
ああやってアリアがアルフォンスにベタベタすれば、周りは変に勘繰るはずだ。
アルフォンスも自国の王女を無碍にはできず、突き放すこともできない。
だからこそそんな噂が流れ、そして今目の前にいる女は計画通りにことが進んだと喜んだことだろう。
だがしかし、そんなアルフォンスが好きな人は人間のヘスティアであり、彼の妻となったのは魔族のヘスティアだ。
どちらにしろ絶対に負けないと、すっと瞳を細めた。
「はじめまして。ヘスティア・ロードナイトよ。突然で申し訳ないのだけれど、人の夫に抱きつくのやめてもらえる?」
ピシッと大きく亀裂の入った空気は多分だけれど、一生治ることはないのだろうなとアリアの顔を見て理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます