甘くない

「魔物と争いをしていたのなら、きっと怪我人もいるはずです。私の治癒の力が役に立つと思うんです」


「危険です! 最悪の場合戦闘になるかもしれないんですよ!?」


「アルフォンスが守ってくれるでしょう? それに危険なのはヘスティアさんも一緒です」


「ヘスティアは己の身は己で守れます」


「それは……そうですけれど…………」


 このお姫様は一体なにがしたいんだと、頭を抱えそうになるのをなんとか堪えた。

 きっとそれはアルフォンスもなのだろう。

 彼女の気が変わるよう必死になっているが、果たしてその思いは届いているのかどうか。

 アリアが小さく頭を下げた時、それを見ていたリヒトが助け舟を出してくる。

 もちろんアリアに、だ。


「アリアには数人の騎士をつけよう。大丈夫、勇者には劣るが凄腕ばかり揃えるよ。それにアリアの言うとおり、彼女の治癒能力が必要になるはずだ」


「いえ、ですが……」


「ご迷惑はおかけしませんし、役に立ってみせますから」


 そもそもなぜ彼女が同行を希望したのかわからない。

 アルフォンスとヘスティアは魔物と人間の争いを防ぐためだが、彼女にもその意思があるとは思えなかった。


「……そもそもどうして一緒に行こうと思ったわけ? 本当に危険なのよ?」


「それは…………」


 アリアは顔を上げると、どこか遠くを見つめるように目を細める。

 ほんのりと高揚した頰に、ヘスティアはなんだか嫌な予感がした。

 そしてその予感は的中する。


「私、ずっとアルフォンスの旅に同行したいと思っていたんです。けれど王女という身分からそれができず……けれど今回の件なら、今度こそアルフォンスのお役に立てると思うんです」


「そうだね。アリアの治癒能力が素晴らしいことは、アルフォンスも知っているだろう? 彼女がいれば君の旅も安心だよ」


「ですが……、危険かもしれないんですよ? 万が一にも王女殿下の身になにかあればっ」


「その時の責任は騎士たちにとらせるさ。なに、君が心配することじゃない」


 違うそうじゃない、とヘスティアは額を押さえた。

 どうしてこうも話が通じないのだこの二人は。

 いくら優秀な騎士がいて彼らが責任をとるとはいえ、いざという時にはきっとアルフォンスは彼女を守るだろう。

 己の身を守る術を持つヘスティアが同行することすら渋る彼が、そこを気にしないわけがないのに。

 なぜわからないのだとため息をつくヘスティアをよそに、兄妹の話は進んでいく。


「騎士は十人ほどいれば大丈夫か?」


「野宿……になるのですよね? そうなりますともう少し多いほうが……」


「馬鹿なの? そんな大人数、しかも騎士をぞろぞろ引き連れていったら現地の人間に警戒されるわよ。私たちは現状を知りたくていくの」


 限界だと早口に伝えれば、リヒトは己の顎に手を当てる。

 考えるように何度か頷いた彼は、ならばと声を上げた。


「私の専属騎士をつけよう。彼は優秀だから、きっとアリアを守ってくれる。もちろん、ヘスティアのこともね」


 いらん世話を焼かないでほしい。

 下手に人が近くにいるほうがやりにくいことだってあるのに。

 リヒトは本当なら己がついて行きたかったと、忙しい身を嘆いている。

 それを見つつ、ヘスティアはアルフォンスにこそこそと声をかけた。


「ちょっと、いいの? あのお姫様本当についてくるつもりよ?」


「お姫様は君もなんだけど……。どうして俺の周りの女性は危険を顧みないんだ……」


「お言葉ですけどね、あなたも自分自身を大切にしなさい。……そばで見てると、ひやひやするのよ」


「……そっか。ごめんね?」


「…………わかったならいいけど」


「君たちは気づくと二人だけの世界に入ってるね?」


 急に聞こえた声にハッとしたヘスティアは、慌ててアルフォンスから離れる。

 この二人と男の子がいたことをすっかり忘れていた。

 ぽやぽやするなと心の中で己に喝を入れ、ヘスティアは腕を組んだ。


「ついてくるのは構わないけれど、彼女が五体満足で帰ってこれなくても文句言わないでちょうだいね」


 どうせ諦める気はないのだろう。

 ならきちんと約束しなくてはならない。

 彼女の身柄がどうなろうが、ヘスティアたちには責任はないのだと。

 その言葉を聞いたリヒトは深く頷いた。


「もちろん。念書でも書こうか?」


「お願いするわ」


 ならばまあ、あとのことはその騎士とやらに任せておけばいい。

 それにしても面倒なことになったなと天井を見上げた。


「これでアルフォンスの旅に同行するという夢が叶います! よろしくお願いします」


「…………はい」


「私からも、妹を頼む。ヘスティアも怪我などには気をつけて」


「…………」


 アルフォンスと結婚してから怒涛すぎる気がする。

 もっと新婚ならいろいろあると思うのだが、まあこれも二人らしいかと無理やり諦めた。

 どうせこの結婚は政略。

 魔物と人間が争わないようにするためだけのもの。

 二人の間に甘いものなんて必要ない。

 ……その、はずなのに。


「くれぐれも、俺から離れないでね? いざとなったら己の身を優先して逃げてね? 飛んでもいいから」


「…………そうなったらあなたを抱えて逃げるわ」


「それはぜっっったいにやめて」


 二人の間に愛はない。

 それはわかっているのに、どうしてだろうか?

 一方通行。

 与えたら与えただけで終わるはずのそれが、満たされている気がするのは。

 愛せればじゅうぶんだった。

 彼の手助けになれれば、それだけでよかったのに。


「ヘスティア?」


 その声は優しくて、甘かった。


 第一章 完

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