幕間 リヒト・エーテルナ②

 勇者と魔物の姫の結婚式は、滞りなく行われたらしい。

 というのも、王族は誰一人出席していないため詳しくは知らないのだ。

 魔物の姫がどのような存在なのかを。

 果たして人の形をしているのかどうなのか。

 まあなんだっていいかと口端をあげる。

 噂によると結婚初夜、彼らはベッドを共にしなかったらしい。

 それだけで関係性が最悪なのは理解できた。

 ふ、と鼻で笑うと、それを耳敏く聞いたらしいアリアが、声を荒げる。


「なにがおかしいんですかお兄様!? あ、アルフォンスが……魔物と結婚なんてっ!」


「仕方ないだろう。魔物と人間、双方の平和のためだ。それに父上から散々話を聞いて納得したんじゃなかったのか?」


 人の部屋にまできてぐすぐす泣くのはやめてほしい。

 実際勇者の結婚に大反対したアリアの説得には、一ヶ月以上かかった。

 いい加減痺れを切らした父に叱られ、しぶしぶ納得した体を見せていたが、やはり心の底は違ったようだ。

 リヒトの部屋にやってきては毎日のように文句を口にしている。


「納得できるわけないじゃないですか! 本当なら私がアルフォンスと結婚するはずだったのに……っ!」


「父上も元はその気だったが致し方ないだろう。王族としてやらねばならぬことがある。それはお前もわかっているだろう」


「…………わかってます。ですが最初から手に入らないと諦めていたものと、手に入りそうになって入らないのは違います。……こんな、こんなことって」


 ぐすぐすと泣く妹のなんと面倒なことか。

 そんなにあれこれ文句があるのなら、父から言われた時に断固として拒否すればよかったのに。

 一度でも受け入れてしまったのなら、もう後戻りなんてできないのだ。

 そういった意味でも妹は考えなしなところがあると、リヒトは軽く首を振った。


「なら手に入れたらいいだろう?」


「…………どういう意味ですか?」


 少し考えればわかることなのに、どうも脳を動かすことが得意ではないらしい。

 一から十まで教えないといけないのかと、軽く腕を組んだ。


「どうやら勇者と魔物の姫との結婚はうまくいっていないらしい。結婚初夜も共にしていないことを考えても、今後二人がうまくいくことはないだろう」


「……そうなのですか?」


 きょとんとしたアリアに、リヒトは今度こそ大きなため息をついた。

 王族として人の話には耳を傾けるようにしろと散々いっていたのに。

 ただの噂話。

 されどその噂話は時に情報となり得る。

 情報は力であり金にすらなるのに、それをおろそかにするなんて愚か者のすることだ。

 実際今もリヒトが情報を得ていたから、このうるさい妹を泣き止ませることができるのだから。


「いずれ事実上の離婚状態になるだろう。そうなったら勇者と恋人にでもなればいいじゃないか」


「……この私に、不倫相手になれ、と?」


「それが嫌なら魔物の姫から離婚を切り出すようにするんだな。それなら角も立ちにくいというものだろう」


 あーだこーだと文句を言う割には、自分の不利益になることはしたくない。

 妹は父親によく似ている。

 そんなに勇者を愛しているのなら、手段など選ばなければいいのに。

 少なくとも自分なら選ばない。

 愛した者を手に入れるためならなんだってするだろう。

 まあ、そんな相手に会えるかすらわからないが。


「…………離婚。……そう、そうですね! 魔物の姫から離婚を申し入れてくだされば、アルフォンスが罰せられることもないですものね! 一度は夫になった人の幸せを願えるくらいの慈悲なら、魔物といえど持っているでしょうし」


 希望を見出したのか、アリアの顔がぱっと明るくなる。

 自分に似た容姿をしているアリアは、この国の誰よりも美しい。

 そんな女に言い寄られて嬉しくない男はいないはずだ。

 だからこそアリアが強く出れば、きっと勇者だって拒否できないはず。


「ならアリア。君がこれからすべきことは勇者との関係を進めるのと、魔物の姫と接触し離婚するよう進言すること。なに、結婚初夜すらともにしていないのなら夫婦関係は最悪だ。少し後押しすればすぐに離婚するさ」


「……お兄様! 本当にありがとうございます! やっぱりお兄様はすごいです」


 愚かな妹ではあるが、そこに愛がないわけではない。

 唯一の兄妹として、彼女の幸せを願ってはいるのだ。

 だが彼女がただ勇者と結婚したとなると、その後のリヒトの立場が危うい。

 だが離婚したのちの再婚なら、話は変わってくる。

 リヒトは目の前に置かれてるティーカップに手を伸ばし、そっと口をつけた。


「ひとまず父上にうまく勇者と魔族の姫を王宮に招待してくれと願い出るといい。そうだな……、理由は勇者にとって断りにくいもののほうがいい。結婚祝いだなんだというと、遠慮される可能性がある」


「わかりました。父上にお願いしてみます」


 娘に甘い父のことだ。

 うまく勇者とその妻を王宮に招待してくれることだろう。

 果たしてどのような女性なのか、勇者との関係はどうなのか。

 とても楽しみだとリヒトは笑う。


「私は退屈が世界で一番嫌いなんだ」


 

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