面倒な手紙
「んで、肝心のあの男はどこ行ったの?」
普段なら一緒に食事をとりにくるのに、今日は現れていないアルフォンスを思い浮かべる。
来るなと言っても来ていたのに、いったいなんなんだと片眉を上げていると、起き上がってとてとてと歩いてきたにゃんこをエリーがひょいと持ち上げた。
「王宮に魔物商人のことで向かったみたいです」
「騒ぎになってしまいましたから……。急ぎ向かったようです」
「下手な言いがかりとかつけられてないといいけどなー」
どうやらあちらも大変な目にあっているようだ。
人間も人間で一筋縄ではないらしい。
面倒だなと思いつつ、クレアに頭を撫でられているにゃんこをちらりと見る。
「侍女長はどうしたの?」
「にゃんこのご飯を作りに行ってます」
「……そういえば侍女長かなり変わったよな? 前まではツンケンしてたっていうか……」
「それが魔物の世話をするなんて……」
「んっふふー! それもこれも全て! 奥様の! おかげです!」
「だからなんであなたが偉そうにするのよ?」
腰に手を当てて胸を張るララを不思議そうに見つつも、ヘスティアは最後のりんごを口に含んだ。
「本当にいい雰囲気になりましたね。使用人たちもやる気に満ちているというか……。元々主人への忠誠心は高い者たちばかりでしたが……」
「わかる。なんか目に生気がない、みたいな感じだったよな」
「…………」
多分だけれど、アルフォンスへの忠誠心はみな高いのだろう。
あの勇者の元働けるということは、人間たちにとって誇り高いもののようだ。
しかしどれほど誇りを持っていようが、それだけで腹が膨れるわけではない。
侍女長と料理長が結託し、使用人たちに配られるべきものを横領していたため、みな空腹に耐えていた。
ここにいるララのように。
しかし侍女長が改心し、アルフォンスからも然るべき処置がされたため、今では職場体制が大きく変わっていた。
「まあ仕方ないわよね。勇者となれば基本的に旅をしてただろうし、今もこうして屋敷にいない。全てを完璧に管理なんてできないから、見逃してしまうのも致し方ないこと。けれどされてる方はそうは思えない。いつか必ず不平不満は生まれて、それはトップであるあの男に向けられるわ。……おかしなことになる前になんとかできてよかったんじゃない?」
「…………そうですね。そういう意味でも、あなたはアルフォンスにとってありがたい存在です。…………これからも、彼のこと助けてあげてください」
「…………まあ、一応妻なわけだし」
屋敷の中だからと油断して出していた尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れるが、ヘスティアは気づいていない。
三人からふいっと顔を背け、何事もなかったかのように装う。
そんなヘスティアに気づいた三人が目を合わせて笑う中、にゃんこが揺れる尻尾にじゃれついてくる。
「あ、こら! 奥様に怒られるでしょ!」
「んにぃ」
「それにしてもこの屋敷に魔物がいるの、まだなれないな」
「ヘスティアさんは別としても、ね」
「あ、あの。この子はどうしてここに?」
「ああ、この子は……」
とりあえず彼女たちも当事者という扱いをしていいだろうと、にゃんこを預かった経緯を話した。
ついでに街の地下で母親がいたこと、亡くなってしまったことも話せば、途端に部屋の中は静まり返る。
「……なるほど。そういうことだったんですね」
「だからアルフォンスが、わざわざあたしらまで呼んだのか」
「…………ごめんね」
にゃんこの頭を撫でながら謝るエリーに、しかしにゃんこ本人はわかっていないのか頭を傾げた。
親元に返すことが不可能になってしまった今、にゃんこを育て上げいつか魔界に帰さなくてはならない。
それまではここで面倒を見なくてはと、ヘスティアは大きくため息をついた。
「……この子が自然界で生きていける未来が見えない」
「…………野生感ゼロですものね」
ララの腕の中で脱力しまくっているにゃんこを見て、これは長期戦になりそうだなと覚悟を決めた。
ララが入れてくれた紅茶を飲みつつあれこれと話をしていると、侍女長がミルクを用意してやってくる。
「おはようございます、奥様。お客様方も、よく休めましたでしょうか?」
「おはようございます。ご丁寧にありがとうございます」
ミルクの匂いを感じ取ったのか、にゃんこがララの腕からひょいと飛び降りると、さっさと侍女長の足元へと向かう。
そのまますりすりと擦り寄れば、彼女は一度大きく体をビクつかせたあと、恐る恐るしゃがみ込みミルクをにゃんこにあげた。
こちらもまだまだ先は長そうだなと眺めつつ、そういえばと侍女長に声をかける。
「あの男、王宮? に行ったの?」
「アルフォンス様のことでしたら、早朝王宮に向かわれました。国王陛下に話があると」
「ふーん。……国王、ねぇ」
ヘスティアとアルフォンスの結婚は、両国の和平のためのものだ。
双方にとって大切なはずのその結婚式に、その国王どころか王族が誰一人として参列しなかった。
その時点でなんとなく、この国の国王の人柄がわかる気がしている。
まあそもそも命をかけて戦った勇者に、魔物の姫との結婚話を持ちかける時点で相当ヤバいやつなのはわかっていたが。
「……何事もないといいけど、ね」
ヘスティアの心配は見事的中し、翌日王室から一通の手紙が送られてきたのだった。
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