いざ行かん

「奥様。あの……王宮よりお手紙が届いております」


「…………王宮?」


 アルフォンスが帰ってくるまでいるという勇者一行とともに、にゃんこと戯れていた時だ。

 侍女長がなにやら手紙を一通持って、部屋へとやってきた。

 この国の紋章が蝋印された手紙を渡され、それを怪訝そうな顔で見つめる。


「……なんで王宮から?」


「アルフォンスになにかあったのでしょうか?」


 不安そうな顔をするクレアに、ヘスティアは手紙を開けながら首を振った。


「あの男になにかあって手紙が送られてきたのなら、こんなに早く着くわけがないわ。ここから王都まで馬とやらを走らせても半日はかかるんでしょ?」


「――あ、そうですね」


「つまりこれは……」


 手紙を開いて中を確認すれば、そこにはすぐに王宮に来るようにと書かれていた。

 その急かしつつも偉そうな文章に、ヘスティアは盛大に眉間に皺を寄せる。


「一応私、魔族の姫なのだけれど。人間の王ってのはそんなに偉いのかしら?」


 簡単に言えば他国の王族に、いくら自国の勇者と結婚したからとは言え、予定も聞かずに参内を命ずるなんて失礼すぎる。

 絶対に行ってやるか、と手紙をポイと捨てたヘスティアに、ララが慌てて手紙を拾う。


「ダメですよ奥様! 今王宮には旦那様も向かわれてるんですよ!? 国王陛下の機嫌を損ねたら、それこそ魔物さんたちも……」


「…………なるほどね」


 ララが拾い上げた手紙をもう一度受け取ると、ヘスティアは口端を軽くあげた。


「ずいぶんなことしてくれるじゃないの」


「な、なにかあるのか?」


 わからないと瞬きを繰り返すルナに、ヘスティアは鼻を大きく鳴らした。


「昨日のことで軍が動いてるんだから、王が知らないわけがない。あの男の性格的にも必ず、次の日には王宮に参内することはわかるはず。……つまりこれはあの男と魔物を人質に、私に王宮に来るようにという裏のあるお誘いよ」


「…………一体どんな用件のでしょうね?」


「さあ。元々結婚式にも出ない王族だから、よほど魔族には深ーい感情があるんでしょうね。ただ単に魔族の姫を見てみたいだけかもしれないわ」


 少なくともこの誘いにのって、いい思いはしないだろう。

 今一度大きくため息をついたヘスティアは立ち上がると、ララに指示を出す。


「ドレスを用意して。あと馬車とやらも。……本当は嫌だけど、これ以上下に見られるのも癪だしね」


「……い、行くんですか?」


「ええ。あの男のことは正直どーでもいいのだけれど、魔物たちのことは心配だもの。あの子たちに罪はないのだから」


 これ以上辛い思いをしてほしくない。

 だからこそこの誘いがどれほど不愉快であろうとも、向かわなくてはならないのだ。


「それに……あの男にだけ任せるっていうのも元々気に食わなかったのよ。だから行くわ。無能な国王の顔を拝んでくるつもりよ」


「…………あれ本音はなんだと思う?」


「純粋にアルフォンスのことも心配してるんだと思いますよ」


「わ、私もそう思います……」


「――聞こえてるわよ! あと! 心配なんてしてないわ!」


 かっと顔に熱が集まったけれど、気のせいだと思うことにした。

 急ぎララにドレスを用意させていると、どことなく不安そうな顔をしたエリーが声をかけてくる。


「あ、あのっ。もし、あれでしたら私たちも一緒に……」


「そうね。ヘスティアを一人で行かせて、なにかあったらアルフォンスに顔向けできないし……」


「あそこの連中陰湿だから、ヘスティアを一人にはできないな」


 そうと決まればと立ちあがろうとした三人を、ヘスティアは手で制する。

 彼女たちの心遣いはとてもありがたいが、手紙の内容的にも一人で行ったほうがいいだろう。

 それに。


「馬鹿ね。ならなおさら、そんなところにあなたたちを連れていくわけないでしょう」


 アルフォンスのことを思い、いらぬ噂に苦労した彼女たちをそんなところに連れていけるわけがない。

 クレアの顔が陰るほど、王宮にはいい思い出がないのだろう。

 ならわざわざそんなところに連れていく必要はない。


「しかし一人では――」


「むしろ一人の方がやりやすいわ。あのね、私が陰口ごときに怯むとでも?」


「それは、そうだけど……」


 ドレスを持ってきたララに指示をして、さっさと身支度に入る。

 どうして人間はこうも窮屈な服を好むのだろうかと、至る所を締め付けられながらも思う。

 どちらかといえば普段から身軽かつ露出の多い服を好むヘスティアからすれば、人間の女性が着るこのドレスはある意味拷問道具に等しい。

 とはいえ今から会うのは国王だ。

 無礼なことはしてはいけない。

 相手に攻撃の隙を自ら与えるなんてのは、馬鹿のすることである。

 完璧に人間の令嬢になりきらなくては、とドレスも我慢することにした。

 髪を結い上げ装飾品を身につけ、ヘスティアは振り返る。


「どう?」


「見た目だけなら令嬢そのものだな」


「お、お似合いです……」


「意外ですね。いつもの服から、そういったものは好まないと思ってたんですけれど」


「好まないわ。でもこれが人間たちの礼儀なんでしょ? ならうまくやってみせるほうが、得策でしょ?」


 ヘスティアの言葉をいち早く理解したのか、クレアがこくりと頷くと化粧台の上に置いてあった耳飾りをひとつ手に取った。


「今の流行は少し派手目なアクセサリーを付けることな

んです。耳飾りはこのくらい大きめなものでいいかと」


「――詳しいのね」


「…………ええ、少しだけ」


 まあ流行に乗れるのなら乗ってやろうと、言われるがまま耳飾りを変える。

 確かにこちらの方がヘスティアの好みだし、個人的にも似合っている気がした。

 鏡に映る己に満足したように頷き、ヘスティアはララへと顔を向ける。


「馬車の準備は?」


「できております」


「――じゃあ、さっさと向かうわよ」


 馬車なら今から向かっても早くとも夕方になるだろう。

 飛んでいければ一瞬なのにと残念に思いつつも、ヘスティアは残る三人に声をかけた。


「この家のこと任せるわ」


「え? あ、はい。わかりました。……お気をつけて」


「負けんじゃねーぞ!」


「の、呪う準備しときます…………」


「ありがと」


 さてと歩き出したヘスティアの足取りは、どちらかといえば戦場に向かう騎士のように力強く、とても王宮へ向かうようには見えなかったと、のちのララは語ったのだった。

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